賃貸物件の修理・取替え特約は無効とされた事例
本件は、賃貸借契約終了時に賃借人が負担すべき修繕費用を巡る争いです。賃貸人Xは、賃借人Yに対し、契約書に記載された修理・取替え特約に基づき、修繕費用の支払いを求めました。しかし、裁判所は、特約が自然損耗や通常の使用による損耗まで賃借人に修繕義務を課すものではないと判断し、賃貸人Xの請求を退けました。

監修者
サレジオ学院高等学校を昭和57年に卒業後、法曹界への志を抱き、中央大学法学部法律学科へと進学。同大学では法律の専門知識を着実に積み重ね、昭和62年に卒業。
その後、さまざまな社会経験を経て、より専門的な形で法務サービスを提供したいという思いから、平成28年に行政書士試験に挑戦し、合格。この資格取得を機に、平成29年4月、依頼者の皆様に寄り添った丁寧なサービスを提供すべく「綜合法務事務所君悦」を開業いたしました。
長年培った法律の知識と実務経験を活かし、依頼者の皆様の多様なニーズにお応えできるよう、日々研鑽を重ねております。
日本行政書士会連合会 神奈川県行政書士会所属
登録番号 第17090472号
事例の背景
賃貸人Xは、昭和62年5月に建物を訴外賃借人Aに賃貸し、敷金30万円、礼金27万円、更新料20万4000円を受け取りました。
平成4年9月に賃借人Aが死亡し、賃借人Yがその地位を承継しました。
同年11月に契約が合意解除され、12月に建物が返還されました。
賃貸人Xは、賃借人Yに対し、クロスや床の張替え、畳の裏返し、塗装工事など11箇所の修繕費用72万7592円を請求しましたが、賃借人Yはこれを拒否し、敷金の返還を求めました。
裁判所の判断
裁判所は以下の点を判断しました。
賃借人の負担項目
- 未払水道料金
賃貸人の負担項目
- クロスや床の張替え、畳の裏返し、塗装工事など11箇所の修繕
第一審(京都簡易裁判所)は、特約が賃借人の修繕義務を定めたものであっても、通常の使用による損耗や経年劣化まで賃借人に負担させる趣旨ではないと判断しました。
第二審(京都地方裁判所)も、特約は賃貸借契約継続中の賃貸人の修繕義務を免除するものであり、契約終了時の原状回復義務まで含むものではないとしました。
裁判所は、賃貸人Xが請求した修繕箇所は、いずれも通常の使用や経年劣化によるものであり、賃借人Yに修繕義務はないと認定しました。
その結果、賃貸人Xは、敷金30万円から未払水道料金2359円を控除した29万7641円を賃借人Yに返還する義務があると判断されました。
まとめ
裁判所は、賃貸人Xの修繕費用請求を退け、賃借人Yに対し、敷金29万7641円の返還を命じました。控訴審および上告審もこの判断を維持しました。
- 特約の解釈と限界
- 原状回復義務の範囲
- 実務上の教訓
修理・取替え特約は、賃借人の故意や重大な過失による損耗に限定して解釈されるべきであり、自然損耗や通常の使用による損耗まで賃借人に修繕義務を課すことはできません。
賃借人は、賃貸物件を契約開始時の状態に完全に復元する義務を負うわけではなく、通常の使用による損耗は賃貸人の負担とされます。
そのため、賃貸契約書の特約条項は、明確かつ具体的に記載する必要があり、特に修繕義務の範囲を曖昧にすると、裁判で無効とされるリスクがあります。
賃貸人は、経年劣化や自然損耗に対する修繕費用を賃借人に請求することは困難であることを認識しておくべきです。