この事例の概要
本件は、賃借人Xが賃貸人Yに対して、敷金の返還と更新料の返還を求めた事案です。裁判所は、賃借人Xが長期間にわたり賃借していた建物の損耗・汚損は自然経過によるものであり、クロスの張替え費用は貸主負担と判断しました。また、更新料支払特約は有効であるとし、敷金から一部を控除した金額の返還を命じました。
行政書士 松村 元
監修者
自己紹介文要約:
1982年にサレジオ学院高校を卒業後、中央大学法学部法律学科に進学し1987年に卒業。法曹界を志し、様々な社会経験を経た後、2016年に行政書士試験に合格。2017年4月に「綜合法務事務所君悦」を開業。法律知識と実務経験を活かし、国際業務を中心に寄り添ったサービスを提供している。
日本行政書士会連合会 神奈川県行政書士会所属
登録番号 第17090472号
目次
事例の背景
賃借人Xは、昭和63年から本件建物を賃借し、2年ごとに更新を繰り返していました。
平成14年、賃貸人Yが建物を取得し、賃貸人の地位を承継しました。
平成15年、賃借人Xと賃貸人Yは更新契約を締結し、敷金13万8000円を支払いました。
その後、平成18年に賃貸借契約が終了し、賃借人Xは建物を明け渡しました。
賃借人Xは、敷金の返還と更新料の返還を求めて訴訟を提起しました。
- 和室畳の汚損・破損
- 襖や扉のタバコのヤニによる黄色い変色
- 各部屋のカビ
- 天井塗装
- 玄関扉のサビ
- クロス下地のボード
- 和室の窓のカビ防止シール剥がし
- クロスの張替え
裁判所の判断
裁判所は以下の点を判断しました。
賃借人の負担項目
- 和室の窓のカビ防止シール剥がし
- 天井塗装、玄関扉のサビ、クロス下地のボードの20%相当
賃貸人の負担項目
- クロスの張替え
- 天井塗装、玄関扉のサビ、クロス下地のボードの80%相当
裁判所は、賃借人Xが18年以上賃借していた建物の損耗・汚損(畳の汚損、襖や扉の変色)は、時間の経過に伴う自然損耗であり、賃借人の責任ではないと判断しました。
特に、クロスの張替え費用は貸主負担とされ、経過年数を考慮して賃借人の責任範囲を超えるとされました。
一方、天井塗装、玄関扉のサビ、クロス下地のボードについては、費用の20%を賃借人Xが負担すべきとされ、残存価値が考慮されました。
また、和室の窓のカビ防止シール剥がし費用1050円は賃借人Xの負担と認められました。
更新料支払特約は消費者契約法10条に反せず有効と判断され、敷金から2万6670円を控除した11万1330円の返還が命じられました。
結論として、裁判所は賃借人Xに対して敷金の一部返還を命じ、更新料の返還請求は認めませんでした。
まとめ
結論
- 賃貸人からの請求金額:220,420円
- 裁判所の判決:26,670円
- 預け入れた保証金:138,000円
- 保証金の返還額:111,330円
本判決から得られる実務的な示唆と教訓は以下の通りです。
- 自然損耗と賃借人の責任範囲
- 原状回復費用の算定
- 更新料支払特約の有効性
- 敷金の返還請求
長期間の賃借による損耗・汚損は、賃借人の責任ではなく貸主負担となる場合があり、特にクロスの張替え費用などは経過年数を考慮して判断されます。
原状回復費用は残存価値を基に算定され、賃借人が負担すべき費用はその範囲内で判断されるべきです。
更新料支払特約は、消費者契約法10条に反しない限り有効とされ、特約の内容が不当でないか事前に確認することが重要です。
また、敷金の返還請求では、賃借人の負担すべき費用を明確に区分し、自然損耗と責任範囲を明確にすることが求められます。
参照元:原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)