賃貸の善管注意義務とは?用法遵守義務との違いを原状回復のガイドラインを用いて解説

賃貸物件に住んでいると、「善管注意義務」という言葉を目にしたり耳にしたりすることがあるかもしれません。
この言葉は賃貸契約書に記載されていることが多く、退去時のトラブルでよく問題になるものです。
「通常の使用をしていたつもりなのに、なぜこんなに修繕費を請求されるの?」と疑問に思ったことはありませんか?
この記事では、国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」を参照しながら、善管注意義務とは何か、そして似た概念である用法遵守義務との違いを明確に解説します。
賃借人としての責任の範囲を正しく理解することで、退去時のトラブルを未然に防ぎ、不当な請求から身を守るための知識を身につけましょう。
例えば、壁に画鋲の穴があるだけで大幅な修繕費を請求されたケースや、日常的な清掃をしていたにもかかわらず「清掃不足」として追加料金を請求されたケースなど、善管注意義務の解釈をめぐるトラブルは少なくありません。

監修者
1982年にサレジオ学院高校を卒業後、中央大学法学部法律学科に進学し1987年に卒業。法曹界を志し、様々な社会経験を経た後、2016年に行政書士試験に合格。2017年4月に「綜合法務事務所君悦」を開業。法律知識と実務経験を活かし、国際業務を中心に寄り添ったサービスを提供している。
日本行政書士会連合会 神奈川県行政書士会所属
登録番号 第17090472号
善管注意義務とは何?賃借人が負う基本的な責任とは

善管注意義務とは、賃貸物件の借主(賃借人)が、その物件を「善良な管理者の注意」をもって取り扱う義務のことです。
民法第400条に規定されており、賃貸借契約において賃借人が負う最も基本的な義務の一つです。
具体的には、借りている物件を通常の注意をもって使用し、不必要な損傷や劣化を避ける責任を意味します。
一般的な生活を送る上で必要とされる程度の注意を払って物件を使用・管理することが求められています。
国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」では、賃借人の善管注意義務について明確な指針が示されており、これに基づいて賃貸物件の使用方法や退去時の原状回復の範囲が判断されます。
- 善管注意義務は民法第400条に基づく法的義務であり、契約書に明記されていなくても適用される
- 通常の生活で必要とされる程度の注意を払って物件を使用・管理することが求められる
- 故意や重大な過失による損傷は賃借人の責任となる
- 経年劣化や通常の使用による損耗は、善管注意義務を果たしていれば賃借人の責任外となる
- 善管注意義務を果たしていたかどうかは、一般的な生活様式や使用方法を基準に判断される
善管注意義務の法的根拠はどこにある?民法上の位置づけ

前述のとおり、善管注意義務の法的根拠は、主に民法第400条に規定されています。
この条文では「債務者は、債務の本旨に従った履行をするに当たって善良な管理者の注意をもってしなければならない」と明記されています。
賃貸借契約においては、賃借人はこの条文に基づいて、借りている物件を適切に管理する義務を負っています。
さらに、民法第616条では「賃借人は、善良な管理者の注意をもって、賃借物の使用及び収益をしなければならない」と規定されており、賃貸物件特有の善管注意義務が明確に定められています。
国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」では、この善管注意義務の具体的な解釈として、次のように説明されています。
通常の使用方法を逸脱した使用や、故意・過失による損傷は賃借人の責任範囲となり、一方で経年変化や通常使用による損耗は賃貸人(大家)の負担となります。
この法的解釈は、最高裁判所の平成17年12月16日の判決(いわゆる「原状回復判決」)によって確立され、賃借人の原状回復義務の範囲が明確化されました。
この判決では、賃借人は通常の使用による損耗等については原状回復義務を負わないことが示されており、これが現在のガイドラインの基礎となっています。
どんな時に問題になる?善管注意義務が問われる具体例
善管注意義務が問題となるのは、主に退去時の原状回復をめぐるトラブルの場面です。
国土交通省のガイドラインを参考に、具体的に善管注意義務が問われるケースを見ていきましょう。
ケース1:通常の使用を超えた損傷

壁に大きな穴を開けたり、落書きをしたりするなど、通常の住居使用では生じない損傷を与えた場合は、善管注意義務違反と判断される可能性が高いです。
ケース2:設備の不適切な使用による故障

エアコンのフィルター清掃を長期間怠ったことによる故障や、浴室の排水口の掃除を怠ったことによる水漏れなど、基本的なメンテナンスを怠ったことによる損害は、善管注意義務違反となることがあります。
ケース3:ペット飼育による特別な損耗

禁止されているにもかかわらずペットを飼育し、臭いや傷が残った場合や、許可を得ている場合でも適切な管理を怠った結果生じた損傷は、善管注意義務違反と判断されます。
ケース4:不適切な改造や無断工事

賃貸人の許可なく壁に棚を設置したり、フローリングを張り替えたりするなどの改造は、たとえ物件価値を高めるものであっても、善管注意義務違反となります。
ケース5:長期不在時の管理不足

長期間留守にする際に適切な換気や防虫対策を怠り、カビや害虫が発生した場合は、善管注意義務違反とみなされることがあります。
国土交通省のガイドラインによると、平成30年度の賃貸トラブル相談のうち約40%が原状回復に関するものであり、その多くが善管注意義務の解釈をめぐる問題でした。
特に「通常の使用」と「それを超える使用」の境界線が不明確なことが多いトラブルの原因となっています。
用法遵守義務との違いは?紛らわしい概念を整理する
善管注意義務と混同されやすい概念に「用法遵守義務」があります。
これらは似ているようで異なる性質を持つ義務ですので、ここで明確に区別しておきましょう。
用法遵守義務とは、民法第616条に基づく義務で、賃借人が契約で定められた用法に従って物件を使用する義務を指します。
例えば、住居用として借りた物件を無断で事務所として使用しないことなどが該当します。
以下の表で、両者の違いを整理してみましょう。

項目 | 善管注意義務 | 用法遵守義務 |
---|---|---|
法的根拠 | 民法第400条、第616条 | 民法第616条 |
義務の内容 | 善良な管理者の注意をもって物件を使用・管理する | 契約や物件の性質に定められた用法に従って使用する |
具体例 | 定期的な清掃、換気、基本的メンテナンス | 住居用物件を店舗利用しない、禁止事項を守る |
違反の効果 | 損害賠償責任、原状回復費用の負担 | 契約解除事由となり得る、損害賠償責任 |
判断基準 | 一般的な生活様式や社会通念に照らして判断 | 契約書の記載内容や貸主の指示に基づいて判断 |
これらの違いを理解するためのポイントは以下の通りです。
- 善管注意義務は「どのように」物件を管理するかに関する義務
- 用法遵守義務は「何のために」物件を使用するかに関する義務
- 善管注意義務は程度問題(どの程度の注意を払ったか)だが、用法遵守義務は違反するかしないかの二択的な性質が強い
例えば、マンションの一室を借りて住んでいる場合、深夜に大きな音を出して近隣に迷惑をかけるのは用法遵守義務違反となり、窓の開け閉めを怠ってカビが発生したのは善管注意義務違反となる可能性があります。
国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」では、これらの違いを認識した上で、賃借人の責任範囲を判断することの重要性が強調されています。
善管注意義務違反と判断されたら?対応と解決方法

善管注意義務違反と判断された場合、どのように対応すべきでしょうか。
基本的なプロセスと解決方法について解説します。
- 賃貸人から善管注意義務違反の指摘を受けた場合、冷静に事実関係を確認する
- 指摘された損傷や問題点が本当に自分の責任によるものなのか、通常の使用による経年劣化ではないのかを見極める
- 国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」を参考にして、賃借人の負担と賃貸人の負担の区分を明確にし交渉する
民法第621条では、賃借人の原状回復義務について規定されていますが、通常損耗については賃借人の責任外であることが判例上確立しています。
善管注意義務違反とされる損傷が確認された場合、修繕費用の見積もりを複数取り、適正な金額かどうかを検証することも大切です。
賃貸人が提示する修繕費用が不当に高額である場合は、交渉の余地があります。
解決までの期間は、トラブルの内容や当事者間の協力度によって異なりますが、一般的には数週間から数か月かかることが多いです。
費用面では、修繕内容によって数千円から数十万円まで幅があります。
- 善管注意義務違反の指摘を受けたら、まずはガイドラインに基づいて責任範囲を確認する
- 争いがある場合は、入居時の状態を示す証拠(写真など)があると有利
- 修繕費用の見積もりは複数取り、適正価格かどうか確認する
- 話し合いで解決しない場合は、消費生活センターや国民生活センターに相談する
- 法的手続きが必要な場合は、少額訴訟や調停などの選択肢がある
解決プロセスにおいては、常に冷静かつ客観的な姿勢を保ち、感情的にならないことが重要です。
また、すべてのやり取りは書面で記録を残すことをお勧めします。
特に合意内容は必ず文書化し、双方で確認することで、後のトラブルを防ぐことができます。

どう対処すべき?善管注意義務を適切に果たす方法

善管注意義務をめぐるトラブルを予防するには、賃借人として日常的にどのような点に注意すべきでしょうか。
ここでは、国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」を参考に、具体的な予防策を紹介します。
まず基本的な考え方として、「通常の使用」とは何かを理解することが重要です。
ガイドラインでは、社会通念上、通常の住まい方をしていれば発生すると考えられる損耗や経年変化は賃借人の責任ではないとされています。
一方で、特別な使用方法や注意義務を怠ったことによる損傷は賃借人の責任となります。
入居時点で物件の状態を写真や動画で記録しておくことは、退去時のトラブル予防に非常に効果的です。
また、契約書の内容、特に原状回復に関する条項をしっかり確認し、不明点は契約前に賃貸人や不動産会社に質問しておくことも大切です。
日常的なメンテナンスとして、定期的な清掃や換気、設備の適切な使用と手入れを行いましょう。
特に、キッチン、浴室、トイレなどの水回りは汚れやすく、放置するとカビや水垢の原因となります。
エアコンのフィルター清掃なども定期的に行うことが推奨されています。
また、小さな問題が見つかった場合は、早めに対処することが重要です。
水漏れや壁の小さな傷など、放置すると大きな損傷につながる可能性のある問題は、早期に賃貸人や管理会社に報告し、対応を相談しましょう。
- 入居時と退去時の物件状態を写真や動画で記録する
- 契約書の原状回復条項を理解し、不明点は事前に確認する
- 日常的な清掃と換気、基本的なメンテナンスを行う
- 設備や備品のマニュアルを確認し、適切な使用方法を守る
- 問題が発生したら早めに賃貸人や管理会社に報告する
特に注意が必要なのは、壁への釘打ちや画鋲の使用、ペットの飼育、喫煙、長期不在時の管理などです。
これらは善管注意義務が特に問われやすい事項です。
契約で許可されている場合でも、必要最小限にとどめ、退去時の原状回復を見据えた使用を心がけましょう。
最後に、定期的に賃貸人や管理会社とコミュニケーションを取ることも、トラブル予防には効果的です。
良好な関係を築いておくことで、問題が生じた際にも円滑に解決できる可能性が高まります。
よくある疑問に答えます:善管注意義務のQ&A
まとめ

本記事では、賃貸物件における「善管注意義務」の意味と、「用法遵守義務」との違いについて詳しく解説しました。
国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」を参照しながら、これらの義務の法的根拠、具体的な事例、トラブル解決方法、そして予防策までを幅広く取り上げました。
善管注意義務とは、民法第400条および第616条に基づく、賃借人が借りている物件を「善良な管理者の注意」をもって取り扱う義務であり、用法遵守義務とは民法第616条に基づく、契約で定められた用法に従って物件を使用する義務です。
この二つを正しく理解することが、賃貸物件での生活と退去時のトラブル予防には不可欠です。
賃借人としては、入居時と退去時の物件状態を記録しておくこと、契約内容を十分に理解すること、日常的なメンテナンスを怠らないこと、問題が発生したら早めに対応することなどが重要です。
また、良好な賃貸人・賃借人関係を維持することも、トラブル予防と円滑な解決には大切な要素となります。
賃貸物件に関するトラブルでお困りの場合は、消費生活センターや法律の専門家に相談することをお勧めします。
また、より詳しい情報は国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」を参照してください。
賃貸生活を快適に過ごすためにも、本記事で解説した善管注意義務と用法遵守義務の違いを理解し、適切な物件管理を心がけましょう。
