この事例の概要
本件は、賃借人が退去した際の原状回復費用を巡り、賃貸人と賃借人が対立した事案です。賃貸人は、賃借人が負担すべき損耗として壁クロスや床カーペットの修復費用を請求しましたが、裁判所は、その大部分が経年劣化や通常使用による損耗であり、賃借人が負担すべき範囲を超えると判断しました。
行政書士 松村 元
監修者
自己紹介文要約:
1982年にサレジオ学院高校を卒業後、中央大学法学部法律学科に進学し1987年に卒業。法曹界を志し、様々な社会経験を経た後、2016年に行政書士試験に合格。2017年4月に「綜合法務事務所君悦」を開業。法律知識と実務経験を活かし、国際業務を中心に寄り添ったサービスを提供している。
日本行政書士会連合会 神奈川県行政書士会所属
登録番号 第17090472号
目次
事例の背景
賃借人Yは、平成9年5月に賃貸人Xと賃貸借契約を締結し、敷金として27万9000円を支払いました。
契約書には、畳の表替えや壁の塗替えなどの原状回復費用が賃借人の負担と明記されていました。
平成14年1月、賃借人Yが退去した後、賃貸人Xは、壁クロスや床カーペットに多数の損傷や汚損があるとして、原状回復費用35万6482円と延滞賃料等5万6588円を請求し、敷金と相殺しました。
これに対し、賃借人Yは、損傷の大部分が経年劣化によるものであり、自身が負担すべきは子供の落書き部分のみであると反論し、敷金の返還を求めました。
- 壁クロスの修復費用
- 床カーペットの修復費用
- 延滞賃料等
裁判所の判断
裁判所は以下の点を重視し、賃借人Yの主張を認めました。
裁判所は、賃貸人Xが請求した原状回復費用の大部分が経年劣化や通常使用による減価の範囲内であり、賃借人Yが負担すべき損耗を超えると判断しました。
賃借人Yが自認する子供の落書き部分(11㎡)のみが過失による損害と認められ、壁クロスの残存価額を28.75%と評価して賃借人Yの負担額を3320円と算定しました。
その結果、賃貸人Xの請求は理由がないとされ、賃借人Yの敷金返還請求が認められました。
敷金から賃借人Yの負担部分と延滞賃料等を控除した21万9092円の返還が命じられ、賃借人Yはこの金額の返還を受けることとなりました。
まとめ
結論
- 賃貸人からの請求金額:413,070円
- 裁判所の判決:59,908円
- 預け入れた保証金:279,000円
- 保証金の返還額:219,092円
本判決から得られる実務的な示唆は以下の通りです。
- 経年劣化と通常損耗の明確化
- 契約条項の解釈
- 残存価額の算定
- 実務上の注意点
賃借人が負担すべき損耗は、経年劣化や通常使用による減価を超える部分に限定され、賃貸人はその原因を具体的に立証する必要があります。
契約書に原状回復費用の負担条項があっても、その範囲は合理的な解釈に基づくべきであり、過度な負担を賃借人に求めることはできません。
また、原状回復費用を算定する際には、物件の残存価額を適切に評価し、賃借人の負担額を公平に算定することが重要です。
実務上、賃貸人は退去時の物件状態を詳細に記録し、損耗の原因を明確に区分することが求められます。
一方、賃借人は退去時の状態を写真等で記録し、不当な請求に備えることが重要です。
参照元:原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)