賃貸の壁紙が剥がれた場合の退去費用の相場と耐用年数は?原状回復のガイドラインを用いて解説

賃貸物件を退去する際、「壁紙が剥がれていた」という理由で予想外の費用を請求されることがあります。
「普通に生活していただけなのに、なぜこんなに高額な請求が?」「壁紙の耐用年数は考慮されないの?」と疑問に思う方も少なくありません。
例えば、5年間住んだアパートを退去したところ、「壁紙の剥がれ」という理由で10万円以上の請求が来たというケースも珍しくありません。
しかし、こうした請求が必ずしも適正とは限らないのです。
この記事では、壁紙の剥がれに関する退去費用の相場と耐用年数の基本知識、費用負担の考え方、そして不当な請求から身を守る方法までを解説します。
退去時のトラブルを未然に防ぎ、適正な費用負担で円満に退去するための参考にしてください。

監修者
1982年にサレジオ学院高校を卒業後、中央大学法学部法律学科に進学し1987年に卒業。法曹界を志し、様々な社会経験を経た後、2016年に行政書士試験に合格。2017年4月に「綜合法務事務所君悦」を開業。法律知識と実務経験を活かし、国際業務を中心に寄り添ったサービスを提供している。
日本行政書士会連合会 神奈川県行政書士会所属
登録番号 第17090472号
賃貸の壁紙剥がれの基本知識とは?賃貸契約における位置づけ

賃貸住宅の壁紙(クロス)は、一般的に「経年劣化」が発生する建材です。
国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」では、壁紙は時間の経過とともに自然に劣化するものとして、一定の使用年数(耐用年数)が定められています。
壁紙の剥がれには大きく分けて2種類あります。
一つは経年劣化による自然な剥がれ、もう一つは入居者の故意・過失による剥がれです。
前者は貸主(大家)負担、後者は借主(入居者)負担が原則となります。
賃貸借契約において、退去時の原状回復義務は民法第621条、第622条に基づいています。
ここでは「通常の使用による損耗」と「故意・過失による損傷」を区別し、前者は貸主負担、後者は借主負担と明確に定められています。
- 壁紙の自然な経年劣化は「通常損耗」として貸主負担が原則
- 入居者の故意・過失による壁紙の剥がれは借主負担
- 壁紙の標準的な耐用年数は6年(国土交通省ガイドライン)
- 経過年数に応じて借主負担額は減額される(経年償却)
- 「特約」があっても消費者契約法により一律借主負担は無効となる場合がある
賃貸の壁紙剥がれの法的解釈は?「通常損耗」と「故意・過失」の違い

国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」では、壁紙の剥がれに関する法的解釈を明確に示しています。
このガイドラインは法的拘束力はないものの、裁判の判断基準として広く採用されています。
ガイドラインによれば、「通常の使用による損耗等」とは、賃借人の住まい方が通常の使用方法である限り、発生するであろう損耗等と定義されています。
例えば、日照による壁紙の変色や、経年による浴室のパッキンの劣化などがこれに該当します。
これらは貸主負担が原則です。
一方、「借主の故意・過失による損傷」とは、借主の通常の注意義務を怠ったことによる損傷を指します。
例えば、壁に重いものを立てかけて壁紙が破れた場合や、粘着テープを強引に剥がして壁紙が損傷した場合などが該当します。
これらは借主負担となります。
特に重要なのは、2020年4月に施行された改正民法により、「通常の使用による損耗等」について借主に原状回復義務がないことが明文化されたことです(民法第621条)。
これにより、壁紙の経年劣化による剥がれは、より明確に貸主負担であると法的に位置づけられています。
賃貸の壁紙剥がれはどんな時に発生?典型的なケースと費用負担

壁紙の剥がれが発生する典型的なケースとそれぞれの費用負担について解説します。
経年劣化による自然な剥がれ(貸主負担)
- 壁紙の端部や継ぎ目からの自然な剥がれ
- 湿気や温度変化による壁紙の収縮・膨張からの剥がれ
- 日照による変色と共に発生する経年劣化としての剥がれ
- 壁紙の接着剤の経年劣化による自然な剥離
入居者の故意・過失による剥がれ(借主負担)
- 家具やドアノブによる壁紙の引っかき傷や破れ
- ポスターや装飾品を貼り付けた跡と、その除去時の剥がれ
- ペットによる引っかき傷や噛み跡
- タバコのヤニや調理による油汚れなどの著しい汚損を伴う剥がれ
- 過度の結露放置による壁紙のカビや浮き
国土交通省のガイドラインによると、相談事例の約15%が壁紙に関する退去費用のトラブルだとされています。
特に多いのが「通常使用による剥がれなのに借主負担とされた」というケースです。
壁紙の剥がれを判断する際は、「どのような使い方をしていたか」「どの程度の期間使用したか」「どの程度の損傷か」の3点が重要な判断基準となります。
賃貸で猫などのペットを飼っていた場合の壁紙の退去費用は?
壁紙の剥がれと混同されやすい壁面の損傷には、「汚れ」「穴」「壁紙の色あせ」などがあります。
特に注目すべきは「ペット(特に猫)による壁面損傷」で、これは賃貸トラブルの大きな原因となっています。
猫などのペットによる壁面損傷は独特の特徴を持ち、一般的な壁紙剥がれとは区別して考える必要があります。

- 猫の爪とぎによる損傷
- 特徴:平行な引っかき傷が集中して壁紙が裂けている
- 判断:明らかな「故意・過失」に該当し、原則として借主負担
- 修復方法:範囲によって部分補修または全面張替え
- ペットの噛み跡による損傷
- 特徴:角部分や出隅部分に集中する噛み跡と壁紙の破れ
- 判断:管理責任の不備として借主負担となるケースが多い
- 修復方法:コーナー部分の補強を含めた修繕が必要
- ペットの体液・排泄物による染み
- 特徴:尿などによる黄ばみや臭気を伴う壁紙の変色・剥がれ
- 判断:通常の使用範囲を超える特別損耗として借主負担
- 修復方法:消臭処理を含めた下地からの張替えが必要なケースが多い
国土交通省のガイドラインでは、ペットの飼育が認められている物件であっても、ペットによる「通常の使用を超える損耗等」は借主負担とされています。
ただし、「ペット可」物件では、一定程度の引っかき傷などは想定内とする判例もあります。
以下の表で、壁紙の剥がれと他の壁面損傷(ペットによる損傷を含む)の違いと費用負担の判断基準を比較します。
損傷の種類 | 特徴 | 通常の場合の負担 | 過失がある場合の負担 | 耐用年数 |
---|---|---|---|---|
猫の爪とぎ跡 | 平行な引っかき傷と裂け | 該当なし | 借主負担(ペット可物件でも原則) | 対象外 |
ペットの体液染み | 染みと臭気を伴う変色 | 該当なし | 借主負担(特別損耗) | 対象外 |
壁紙の剥がれ | 壁紙が下地から剥離している状態 | 貸主負担(経年劣化) | 借主負担 | 6年 |
壁紙の汚れ | 表面の染みや変色 | 軽微なら貸主負担 | 著しい汚れは借主負担 | 6年 |
壁の穴・破損 | 壁紙を超えて下地まで損傷 | 該当なし(通常使用では発生しない) | 借主負担 | 対象外 |
壁紙の日焼け・色あせ | 日照による変色 | 貸主負担 | 該当なし(過失にはならない) | 6年 |
クギ穴 | 小さな穴(直径1cm未満) | 貸主負担(通常使用) | 多数・大きい場合は借主負担 | 対象外 |
ペットによる損傷の場合、「ペット可」物件であっても、以下の点が重要な交渉ポイントとなります。
- 自然に発生した剥がれか、ペットによる物理的な力が加わったものか
- 壁紙の耐用年数(6年)を経過しているか入居期間の長さに応じた経年償却の適用
- 部分的か広範囲かによる修復方法の違い
- 契約時の特約内容(ペットによる損傷の取り扱いが明記されているか)
- 適切な管理下で発生した通常範囲内の損傷か
これらのポイントを押さえることで、自分の状況が「通常損耗」か「故意・過失による損傷」かを判断する助けになります。
ペットを飼育している場合は、入居時に写真記録を残し、退去時のトラブルに備えて防護策(壁面保護シートの使用など)を講じることも検討すべきでしょう。
賃貸の壁紙が剥がれた場合の退去費用と耐用年数

賃貸物件の壁紙(クロス)が剥がれた場合の退去費用は、国土交通省の定める「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」に基づいて、壁紙の「耐用年数」と「経年償却」の考え方によって算出されます。
賃貸の壁紙の耐用年数と経年償却の基本
壁紙の標準的な耐用年数は国土交通省のガイドラインによると6年と定められています。
この耐用年数に基づき、入居期間に応じて借主負担額が減額される「経年償却」という考え方が適用されます。
つまり、仮に入居者の過失で壁紙が剥がれたとしても、入居期間が長ければ長いほど借主の負担は少なくなります。
経年償却の計算は以下の式で行われます。
借主負担額 = 壁紙の張替費用 × (1 - 経過年数 ÷ 耐用年数) × 損傷割合
計算例として、3年間入居して過失により壁1面(6畳間の25%)の壁紙を損傷した場合を考えてみましょう。
- 6畳間の壁紙張替費用:60,000円
- 経過年数:3年
- 耐用年数:6年
- 損傷割合:25%(1面)
計算すると、 借主負担額 = 60,000円 × (1 – 3年 ÷ 6年) × 25% = 60,000円 × 0.5 × 0.25 = 7,500円となります。
なお、入居から6年以上経過している場合、借主過失があっても壁紙の剥がれに対する借主負担はゼロになるのが原則です。
賃貸の壁紙張替えの退去費用相場
退去時の壁紙張替え費用は、部屋の広さによって異なりますが、一般的な相場は以下の通りです。
部屋の広さ | 全面張替え費用 | 1面あたりの費用 | 部分補修(1㎡あたり) |
---|---|---|---|
6畳(約10㎡) | 5〜7万円 | 1〜2万円 | 5,000〜8,000円 |
8畳(約13㎡) | 6〜8万円 | 1.5〜2.5万円 | 5,000〜8,000円 |
10畳(約16㎡) | 7〜9万円 | 2〜3万円 | 5,000〜8,000円 |
- 例: 賃貸マンション(築15年)の6畳の居室で、壁に直接ポスターを貼り続けた結果、退去時に壁紙全面に糊跡と変色が生じ、全面張替えが必要になった場合。マンションの法定耐用年数47年のうち15年経過で残存価値は約68%。修繕費用が65,000円とすれば、借主負担額は65,000円×68%=44,200円となります。
賃貸の壁紙の種類による耐用年数と費用の違い
壁紙には様々な種類があり、素材や品質によって耐用年数や費用が異なる場合があります。
なお、高級マンションなどで使用される特殊な壁紙の場合、上記の相場よりも高額になることがあります。
壁紙の種類 | 特徴 | 一般的な耐用年数 | 費用相場(1㎡あたり) |
---|---|---|---|
一般的なビニールクロス | 最も一般的な賃貸用壁紙 | 6年 | 800〜1,200円 |
抗菌・防カビ仕様 | 水回りや湿気の多い場所向け | 6〜8年 | 1,000〜1,500円 |
高級クロス(織物調等) | 意匠性の高い特殊壁紙 | 6〜10年 | 1,500〜3,000円 |
エコ壁紙 | 環境に配慮した素材 | 6〜8年 | 1,200〜2,000円 |
- 入居から6年以上経過している場合、借主過失があっても原則として借主負担はゼロ
- 部分的な剥がれの場合、全面張替えではなく部分補修で対応可能なケースが多い
- 見積書に「張替え範囲」「単価」「経年償却の計算」が明記されているか確認する
- 複数の業者から見積もりを取ることで適正価格かどうか判断できる
賃貸の壁紙剥がれをめぐるトラブル解決は?交渉のステップと注意点
壁紙の剥がれに関する退去費用で不当な請求を受けた場合、以下のプロセスで解決を図ることができます。

- 事実確認と証拠収集
- 入居時・退去時の写真や動画を確認
- 入居期間と壁紙の経過年数を確認
- 請求書の内訳と計算根拠を確認
- 賃貸人・管理会社との交渉
- 国交省ガイドラインを根拠に文書で異議申し立て
- 経年償却の計算根拠を示して減額交渉
- 面談での話し合いを実施
- 第三者機関による調停・あっせん
- 国民生活センターや消費生活センターへの相談
- 住宅セーフティネット法に基づく居住支援協議会等の活用
- 弁護士会の賃貸住宅相談
- 法的手続き(最終手段)
- 少額訴訟(60万円以下の場合)
- 簡易裁判所での調停
- 通常訴訟
このようなプロセスを経る場合、解決までの期間は交渉段階で1〜2ヶ月、第三者機関では2〜3ヶ月、法的手続きでは3〜6ヶ月程度かかることが一般的です。
法的根拠として、民法第621条(賃借人の原状回復義務)および消費者契約法第10条(消費者の利益を一方的に害する条項の無効)が重要となります。
- 交渉の際は感情的にならず、法的根拠と事実に基づいて冷静に対応する
- すべてのやり取りは書面(メール含む)で記録に残す
- 敷金から一方的に控除された場合でも、異議申し立ては可能
- 交渉が長期化する場合は、専門家(弁護士等)への相談を検討する
賃貸の壁紙剥がれを防ぐには?予防策と入居中の注意点

壁紙の剥がれに関するトラブルを未然に防ぐためには、入居前から退去時までの各段階での対策が重要です。
予防策の基本は「証拠を残す」ことと「適切な生活習慣」にあります。
入居前の段階では、物件の現状確認と記録が最も重要です。
入居時に壁紙の状態を詳細に写真や動画で記録しておくことで、退去時のトラブルを防ぐ基礎となります。
特に、すでに剥がれや破損がある場合は、入居前に管理会社や大家さんと確認し、書面に残しておくことが望ましいでしょう。
入居中は、壁紙に負担をかけない生活習慣を心がけましょう。
家具を壁に直接当てない、ポスターなどを貼る際は壁紙に優しい素材を使用する、湿度管理をしっかり行うなどの配慮が大切です。
また、小さな剥がれを見つけた場合は、放置せずに早めに管理会社に相談するのも一つの方法です。
退去予定が決まったら、事前に物件の確認を管理会社と一緒に行い、修繕が必要な箇所を把握しておくことをお勧めします。
この時点で費用の概算を確認できれば、退去時の不意な高額請求を避けられる可能性が高まります。
- 入居時・退去時の写真・動画による壁紙状態の記録を必ず残す
- 壁紙に直接テープや画鋲を使用する場合は、剥がれにくい専用商品を使用する
- 家具は壁から少し離して配置し、壁紙への負担を軽減する
- 適切な換気・湿度管理で、壁紙の劣化を防ぐ
- 定期的に壁紙の状態をチェックし、異常があれば早めに対応する
これらの予防策を実践することで、退去時のトラブルリスクを大幅に減らすことができます。
また、入居時の契約内容をしっかり確認し、不明点は事前に解消しておくことも重要です。
賃貸の壁紙剥がれのよくある質問(Q&A)
まとめ

賃貸住宅の壁紙の剥がれに関する退去費用の相場と耐用年数について、主要なポイントをまとめます。
壁紙の剥がれは、経年劣化による「通常損耗」と借主の故意・過失による「特別損耗」に分けられ、前者は貸主負担、後者は借主負担が原則です。
国土交通省のガイドラインでは壁紙の標準的な耐用年数を6年と定めており、借主負担となる場合でも、入居期間に応じた経年償却が適用されます。
適正な費用負担のためには、入居時と退去時の状態を写真や動画で記録しておくことが重要です。
また、退去時に不当な請求を受けた場合は、国土交通省のガイドラインを根拠に交渉することが可能です。
交渉が難航する場合は、消費生活センターなどの第三者機関への相談や、最終的には法的手段も検討できます。
壁紙の剥がれを予防するためには、壁に負担をかけない生活習慣や適切な湿度管理が効果的です。
また、小さな問題は早めに対処することで、大きなトラブルを防ぐことができます。
退去時のトラブルを防ぐ最善の方法は、入居前の契約内容の確認と、入居中の適切な住まい方、そして退去前の事前確認にあります。
これらの知識を活用して、賃貸生活における不要なトラブルや過剰な負担を避けましょう。
関連トピックとして、「敷金返還請求の方法」「賃貸契約における特約の有効性」「退去立会いのポイント」などについても理解を深めておくと、より安心して賃貸生活を送ることができるでしょう。