この事例の概要
本件は、賃貸借契約終了時に賃借人が通常損耗(経年劣化や通常使用による減価)に対する原状回復費用を負担するかどうかが争われた事例です。賃貸人は、契約書の特約に基づき通常損耗も含めた原状回復費用を賃借人に請求しましたが、裁判所は特約の解釈を誤ったとして、通常損耗分は賃借人の負担ではないと判断しました。
行政書士 松村 元
監修者
自己紹介文要約:
1982年にサレジオ学院高校を卒業後、中央大学法学部法律学科に進学し1987年に卒業。法曹界を志し、様々な社会経験を経た後、2016年に行政書士試験に合格。2017年4月に「綜合法務事務所君悦」を開業。法律知識と実務経験を活かし、国際業務を中心に寄り添ったサービスを提供している。
日本行政書士会連合会 神奈川県行政書士会所属
登録番号 第17090472号
目次
事例の背景
賃借人Xは、平成8年3月に賃貸人Yと賃貸借契約を締結し、敷金として37万5000円を支払いました。
契約書には「契約終了時に原状回復を行う」旨の条項(21条)があり、さらに媒介業者から覚書も交付されました。
平成10年7月に契約が終了し、賃借人Xが物件を明け渡した後、賃貸人Yは通常損耗を含む原状回復費用を請求し、敷金の返還を拒否しました。
これに対し、賃借人Xは通常損耗分の費用負担は不当として、敷金の一部返還を求めて提訴しました。
- 壁・天井クロスの張替え
- 障子の張替え
- 洗面化粧台の取替え
- 玄関鍵の交換
裁判所の判断
裁判所は本件で争点となった具体的な費用(クロス・障子の張替え・洗面化粧台の取り替え・玄関鍵の交換)について、以下の点を指摘しました。
賃貸借契約において、通常損耗(経年劣化や通常使用による減価)は賃貸借の対価として賃貸人が負担すべきものであり、特約がない限り賃借人の負担とはなりません。
例えば、畳の擦り切れや冷暖房機の減価は通常損耗に該当します。
本件契約書21条の「原状回復」という文言は、通常損耗を含むものとは解釈できず、賃借人が付加した造作の除去や通常使用を超える損耗の回復を指すものです。
また、覚書も契約書21条を引用しているため、通常損耗を賃借人に負担させる旨の定めとは認められません。
原判決は契約の解釈を誤っており、賃貸人が請求した費用が通常損耗を超えるものかどうかを審理する必要があるとして、事件を原裁判所に差し戻しました。
まとめ
結論
- 賃貸人からの請求金額:482,265円
- 裁判所の判決:-円
- 預け入れた保証金:375,000円
- 保証金の返還額:-円
本判決から得られる実務的な示唆は以下の通りです。
通常損耗を賃借人に負担させる場合、契約書に明確に記載し、賃借人の承諾を得ることが必要であり、曖昧な表現ではその効力が認められません。
賃貸人は、通常損耗と通常使用を超える損耗を区別し、請求内容を明確にする必要があります。
また、賃貸借契約書や関連文書の作成時には、法的な解釈を踏まえた正確な記載が求められ、特に賃借人に負担を求める条項については、その範囲を具体的に明示することが重要です。
参照元:原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)