[事例12]更新時に追加された原状回復の特約は賃借人が自由な意思で承諾したとは認められないとされた事例
本件は、賃貸借契約の更新時に追加された「原状回復特約」の有効性が争われた事例です。賃借人Xは、敷金の返還を求めたのに対し、賃貸人Yは原状回復費用を敷金から控除することを主張しました。裁判所は、特約の無効を認め、賃借人Xの負担を一部のみ認める判決を下しました。

監修者
サレジオ学院高等学校を昭和57年に卒業後、法曹界への志を抱き、中央大学法学部法律学科へと進学。同大学では法律の専門知識を着実に積み重ね、昭和62年に卒業。
その後、さまざまな社会経験を経て、より専門的な形で法務サービスを提供したいという思いから、平成28年に行政書士試験に挑戦し、合格。この資格取得を機に、平成29年4月、依頼者の皆様に寄り添った丁寧なサービスを提供すべく「綜合法務事務所君悦」を開業いたしました。
長年培った法律の知識と実務経験を活かし、依頼者の皆様の多様なニーズにお応えできるよう、日々研鑽を重ねております。
日本行政書士会連合会 神奈川県行政書士会所属
登録番号 第17090472号
事例の背景
賃借人Xは平成3年8月、賃貸人Yと賃貸借契約を締結し、敷金20万円を差し入れました。
その後、契約は数回更新され、平成11年に合意解除されました。賃借人Xが敷金の返還を求めたところ、賃貸人Yは、平成9年の更新契約に基づき、原状回復費用として36万5400円を敷金から控除することを主張しました。
これに対し、賃借人Xは自然損耗についての原状回復義務はないとして、敷金の返還を求めて提訴しました。
- クロス・カーペット・クッションフロア工事費用
- 畳表替え費用
- 襖費用
- 室内清掃費用
裁判所の判断
裁判所は以下の点を重視し、判断を下しました。
賃借人の負担項目
- 畳表1枚の焦げ跡と冷蔵庫下のクッションフロアのさび跡
賃貸人の負担項目
- クロス、カーペット、畳、襖、トイレ等の損耗・汚損
賃借人が負う原状回復義務は、通常の使用による損耗・汚損を超える部分に限られ、故意・過失や通常でない使用による毀損・劣化についてのみ回復義務が生じます。
本件では、特約が平成7年までの契約にはなく、更新時に追加されたものの、賃借人Xに対して十分な説明がなされていませんでした。
賃借人Xは通常の用法に従って建物を使用しており、損耗の大部分は自然損耗や入居時からの状態によるものでした。
また、更新時に更新料を支払っていたことから、特約による追加負担を予期していなかったと考えられます。
これらの理由から、特約は賃借人Xの自由な意思に基づくものとは認められず、無効と判断されました。
クロス、カーペット、畳、襖、トイレ等の損耗・汚損については、賃借人Xの故意・過失や通常でない使用によるものとは認められませんでしたが、畳表1枚の焦げ跡と冷蔵庫下のさび跡については賃借人Xの責任とされました。
裁判所は、賃借人Xが負担すべき費用を畳表1枚の費用6300円と冷蔵庫下のクッションフロア費用3675円の合計9975円と認め、敷金20万円からこの金額を控除した19万25円の返還を命じました。
まとめ
本判決から得られる実務的な示唆と教訓は以下の通りです。
- 特約の説明義務
- 原状回復義務の範囲
- 更新料と特約の関係
- 損耗・汚損の立証責任
契約更新時に新たな特約を追加する場合、賃借人に対してその内容を十分に説明し、理解を得ることが重要です。
説明が不十分な場合、特約の有効性が争われるリスクがあります。
また、賃借人の原状回復義務は通常の使用による損耗を超える部分に限られ、自然損耗や経年劣化については賃貸人が負担すべきです。
さらに、更新料を支払っている場合、特約による追加負担が賃借人の予期しないものであれば、その特約は無効とされる可能性があります。
加えて、賃貸人は、損耗・汚損が賃借人の故意・過失または通常でない使用によるものであることを立証する必要があります。