原状回復義務は賃借人の同意がなければ生じないとされた事例
本件は、賃借人が建物を明け渡した際に、賃貸人が「まっさらに近い状態」への原状回復を要求したことに対し、裁判所がその義務の根拠を否定し、敷金の全額返還を命じた事例です。裁判所は、原状回復義務が賃借人に課されるためには、賃借人の同意や客観的な合理性が必要であると判断しました。

監修者
サレジオ学院高等学校を昭和57年に卒業後、法曹界への志を抱き、中央大学法学部法律学科へと進学。同大学では法律の専門知識を着実に積み重ね、昭和62年に卒業。
その後、さまざまな社会経験を経て、より専門的な形で法務サービスを提供したいという思いから、平成28年に行政書士試験に挑戦し、合格。この資格取得を機に、平成29年4月、依頼者の皆様に寄り添った丁寧なサービスを提供すべく「綜合法務事務所君悦」を開業いたしました。
長年培った法律の知識と実務経験を活かし、依頼者の皆様の多様なニーズにお応えできるよう、日々研鑽を重ねております。
日本行政書士会連合会 神奈川県行政書士会所属
登録番号 第17090472号
事例の背景
賃借人Xは、平成2年4月1日に賃貸人Yと建物の賃貸借契約を締結しました。
契約期間は2年間で、敷金として19万8000円を支払いました。契約更新時に賃料が5000円増額されましたが、敷金の追加支払いはなく、更新料として12万円が支払われました。
平成6年1月23日、賃借人Xは建物を退去し、賃貸人Yに明け渡しました。
明け渡し時、賃貸人Yは全面改装を予定しており、具体的な修理箇所を指摘しませんでした。
その後、賃貸人Yは全面改装の明細を送付し、賃借人Xが修理を行わなかったため、賃貸人Yが代行して修繕を実施しました。
賃貸人Yは、修繕費用のうち敷金で清算できなかった差額28万4350円の支払いを求めて反訴しました。
裁判所の判断
裁判所は以下の点を重視し、賃貸人Yの主張を退けました。
賃借人の負担項目
- なし
賃貸人の負担項目
- 原状回復義務の根拠
- 契約締結時の説明の不備
- 敷金返還の妥当性
建物の賃貸借において、賃借人が「まっさらに近い状態」に回復する義務を負うためには、賃借人の同意や客観的な合理性が必要です。
自然な劣化や損耗は賃料でカバーされるべきであり、特段の合意がない限り、賃借人に原状回復義務は課されません。
本件では、契約締結時に原状回復義務について賃借人Xに説明された証拠がなく、重要事項説明書には故意・過失による損傷の復元が規定されていたにすぎず、全面改装を求める根拠とはなりませんでした。
そのため、賃貸人Yが求めた修繕費用は賃借人Xの義務範囲を超えるものとされ、敷金の全額返還が妥当と判断されました。
結果、裁判所は、賃貸人Yの反訴を退け、賃借人Xに対して敷金19万8000円の全額返還を命じました。
まとめ
本判決は、賃貸借契約における原状回復義務の範囲を明確にした点で重要です。
実務上の教訓として、以下の点が挙げられます。
- 賃借人の同意の重要性
- 契約書の明確化
- 自然劣化の扱い
原状回復義務を課す場合、賃借人の同意や明確な合意が必要であり、契約書や重要事項説明書において義務の範囲を具体的に記載することが重要です。
また、賃料は自然な劣化や損耗をカバーするものであるため、特段の合意がない限り、賃借人に過剰な負担を課すことはできません。