敷引金の範囲と通常損耗の判断が争われた事例
本件は、賃貸借契約終了時に敷引金(保証金の一部控除)の範囲が争われた事例です。賃借人Xは、賃貸人Yが原状回復費用として過大な金額を控除したとして、残額の返還を求めました。裁判所は、通常の使用による損耗とそれ以外の損耗を区別し、敷引金の範囲を明確に判断しました。

監修者
サレジオ学院高等学校を昭和57年に卒業後、法曹界への志を抱き、中央大学法学部法律学科へと進学。同大学では法律の専門知識を着実に積み重ね、昭和62年に卒業。
その後、さまざまな社会経験を経て、より専門的な形で法務サービスを提供したいという思いから、平成28年に行政書士試験に挑戦し、合格。この資格取得を機に、平成29年4月、依頼者の皆様に寄り添った丁寧なサービスを提供すべく「綜合法務事務所君悦」を開業いたしました。
長年培った法律の知識と実務経験を活かし、依頼者の皆様の多様なニーズにお応えできるよう、日々研鑽を重ねております。
日本行政書士会連合会 神奈川県行政書士会所属
登録番号 第17090472号
事例の背景
賃借人Xは、平成2年8月に賃貸人Yと建物の賃貸借契約を締結し、保証金170万円を預託しました。
契約には、契約期間に応じて保証金の一定割合(2年未満で30%、2年以上で25%)を敷引金として差し引く旨の約定がありました。
Xは平成5年7月に建物を明け渡し、Yは保証金から25%(127万5000円)を返還すべきところ、原状回復費用として約45万円を控除し、81万円余のみを返還しました。
Xは、通常の使用による損耗は敷引金で充てるべきであり、残額46万円余の返還を求めました。
裁判所の判断
裁判所は以下の点を判断しました。
賃借人の負担項目
- 天井クロスの照明器具取付け跡や畳の汚損
賃貸人の負担項目
- クロス、障子、襖の張替え、床畳工事、クリーニング費用
裁判所は、天井クロスの照明器具取付け跡や畳の汚損が賃借人の通常の使用により自然に生じる程度の損耗であり、その修復費用は数万円程度と認めました。
また、敷引金の約定は、通常の使用による損耗に関する費用を敷引金で充てることを含むと解釈されました。
一方、賃貸人Yが主張した他の損害(クロス、障子、襖の張替え、床畳工事、クリーニング費用)については、具体的な証拠がなく、その範囲や費用の合理性が認められませんでした。
このため、通常の損耗に関する費用は敷引金で充てるべきであり、Yが控除した45万円のうち、数万円を超える部分は正当化されないと判断されました。
裁判所は、賃借人Xの請求を全面的に認め、賃貸人Yは残額46万円余を返還すべきであると判示しました。
まとめ
本判決は、敷引金の範囲と通常損耗の判断に関する重要な指針を示しています。実務上の教訓として以下の点が挙げられます。
- 通常損耗の明確化
- 敷引金の適正運用
- 証拠の重要性
賃貸人は、通常の使用による損耗とそれ以外の損耗を明確に区別し、修復費用の合理性を証明する必要があります。
敷引金は通常の損耗をカバーするためのものであり、過大な控除は認められません。
また、原状回復費用を主張する際には、修復箇所や範囲、費用の明細など具体的な証拠が不可欠です。
裁判所はこれらの点を踏まえ、賃貸人Yが残額46万円余を返還すべきであると判示しました。