この事例の概要
本件は、賃借人Xが賃貸人Yに対して保証金の返還を求めたが、賃借人Xの未納賃料・共益費および建物の損傷に対する賠償金が保証金を上回ったため、裁判所が保証金の返還を認めなかった事例です。裁判所は、賃借人Xの主張する「通常の使用による損耗」を否定し、損傷が通常の範囲を超えると判断しました。
行政書士 松村 元
監修者
自己紹介文要約:
1982年にサレジオ学院高校を卒業後、中央大学法学部法律学科に進学し1987年に卒業。法曹界を志し、様々な社会経験を経た後、2016年に行政書士試験に合格。2017年4月に「綜合法務事務所君悦」を開業。法律知識と実務経験を活かし、国際業務を中心に寄り添ったサービスを提供している。
日本行政書士会連合会 神奈川県行政書士会所属
登録番号 第17090472号
目次
事例の背景
賃貸人Yは、平成10年4月27日、賃借人Xに対し、大田区民住宅条例に基づき月額15万7200円の使用料で建物の使用を許可し、保証金として31万4400円を受け取りました。
使用許可は平成21年4月26日に終了し、賃借人Xは建物を明け渡しました。
しかし、明け渡し時点で未納の使用料・共益費13万9500円および建物の損傷に対する賠償金29万5020円が発生し、賃貸人Yは保証金を全額控除して返還しませんでした。
- フローリング剥がれ:18万4000円
- 襖破損・剥がれ・穴・しみ:1万3800円
- 台所・洗面金具損傷:3万5200円
- 排水溝菊割ゴム紛失:1650円
- クーラーキャップ損傷:1万1550円
- フック取り付け跡:1万9800円
- トイレ配管損傷:1万1000円
- バルコニー間仕切り固定金具損傷:1万1000円
- 鍵損傷:5600円
- エレベータートランク鍵損傷:1420円
これに対し、賃借人Xは損傷が「通常の使用による損耗」であるとして保証金の返還を求めて提訴しました。
裁判所の判断
裁判所は以下の点を判断しました。
賃借人Xが明け渡した建物には、フローリングの剥がれ、襖の破損、排水溝の紛失、クーラーキャップの損傷、フックの取り付け跡など、合計29万5020円の損傷が確認されました。
賃借人Xはこれらが「通常の使用による損耗」と主張しましたが、裁判所は証拠に照らして通常の範囲を超える損傷と判断し、賠償責任を認めました。
さらに、賃借人Xは未納の使用料13万円および共益費9500円を支払っておらず、これに賠償金29万5020円を加えた合計額は43万4520円となり、保証金31万4400円を上回りました。
このため、裁判所は未納賃料・共益費および賠償金の合計額が保証金を超過していることを理由に、賃貸人Yが賃借人Xに対して返還すべき保証金はないと判断し、賃借人Xの控訴を棄却しました。
まとめ
結論
- 賃貸人からの請求金額:434,520円
- 裁判所の判決:434,520円
- 預け入れた保証金:314,400円
- 保証金の返還額:0円
本判決から得られる実務的な示唆は以下の通りです。
賃借人は、賃貸物件の通常の使用範囲を超える損傷に対して賠償責任を負い、長期間の使用による損耗であっても通常の範囲を超える場合は賠償対象となります。
保証金は未納賃料・共益費および損傷賠償金に充当されるため、賃借人は明け渡し時に未払い金や損傷がないよう注意が必要です。
また、損傷が「通常の使用による損耗」かどうかを争う場合、客観的な証拠が重要となるため、賃借人は入居時と退去時の状態を記録しておくことが望ましいです。
参照元:原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)