
敷金が戻ってくる相場は50%〜80%と判例が示す根拠
賃貸マンションを退去する際に「保証金から修繕費を差し引くので返金はありません」と管理会社から通知され、敷金が戻ってこなかった経験はありませんか。
本記事で紹介するのは、国土交通省のガイドラインに収録された事例39の保証金返還をめぐるトラブルです(ガイドライン事例39)。
この事例では、大田区民住宅に約11年間居住した借主が、退去時にフローリング材の剥がれや襖の破損などの修繕費用として約29万円を請求され、保証金31万円が全額返還されませんでした。
裁判所は各損傷を個別に検証し、フローリング材の剥がれや鍵の紛失は通常の使用では生じない特別損耗であると認定して借主の返還請求を棄却しました。

監修者
1982年にサレジオ学院高校を卒業後、中央大学法学部法律学科に進学し1987年に卒業。法曹界を志し、様々な社会経験を経た後、2016年に行政書士試験に合格。2017年4月に「綜合法務事務所君悦」を開業。法律知識と実務経験を活かし、国際業務を中心に寄り添ったサービスを提供している。
日本行政書士会連合会 神奈川県行政書士会所属
登録番号 第17090472号
東京地裁が示した長期居住と敷金返還の判断基準

- 大田区民住宅に約11年居住した借主が保証金31万円の返還を求めた経緯
- 裁判所はフローリング材の剥がれや襖の破損を特別損耗と認定し返還を認めなかった
- 敷金が戻ってくる相場と耐用年数6年による残存価値の計算方法

「11年も住んだのだから敷金は全額戻ってくるはず」と考えていたのに、保証金が1円も返還されなかったケースがこの事例です。
この東京地裁の判決は、長期居住であっても損傷の原因が通常使用かどうかを個別に判断するという重要な基準を示しました。
大田区民住宅に約11年居住した借主が保証金31万円の返還を求めた経緯

まず、この事例の背景を整理します。
借主は平成10年5月から大田区民住宅(公営住宅)に月額15万7200円で入居し、約11年間にわたって居住していました。
入居時に月額使用料の2か月分にあたる31万4400円の保証金を預けており、平成21年4月の退去時にこの保証金の全額返還を求めました。
しかし管理会社はフローリング材の剥がれや襖の破損などを理由に修繕費用として約29万円の請求を行い、保証金から差し引く対応をしました。
長期間住んでいても、損傷の原因が通常使用かどうかは個別に判断されることを知っておきましょう。
民法第622条の2第1項:賃貸人は、敷金を受け取っている場合において、賃貸借が終了し、かつ、賃貸物の返還を受けたとき、又は賃借人が適法に賃借権を譲り渡したときは、その受け取った敷金の額から賃貸借に基づいて生じた賃借人の金銭の給付を目的とする債務の額を控除した残額を返還しなければならない。
裁判所はフローリング材の剥がれや襖の破損を特別損耗と認定し返還を認めなかった


次に、東京地方裁判所が各損傷についてどのように判断したかを確認します。
裁判所はフローリング材の剥がれ(18万4000円)、襖の破損(1万3800円)、洗面金具の設置(3万5200円)、フック取付け跡(1万9800円)、鍵の紛失(7020円)について、いずれも通常の使用では生じない特別損耗であると認定しました。
さらに未納の使用料と共益費13万9500円もあわせると合計43万4520円となり、保証金31万円を大幅に超えたため保証金全額が差し引かれる結果となりました。
裁判所は「居住期間が11年と長期であっても、発生した損傷がすべて通常使用によるものとは限らない」と明確に判示しています。
長く住んでいても、故意や過失による損傷は借主の負担になることを覚えておきましょう。
民法第621条:賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に回復する義務を負う。
敷金が戻ってくる相場と耐用年数6年による残存価値の計算方法
クロス・カーペット・クッションフロア等の耐用年数は6年です。要は入居期間が6年以上であれば、原状回復費用は発生しない(0円)ということになります。
さらに、敷金が戻ってくる相場を正しく理解するためには、国土交通省のガイドラインが定める耐用年数と残存価値の考え方を知っておく必要があります。
一般的に敷金の返還率は預けた金額の50%から80%程度が相場とされていますが、この割合は入居年数や損傷の種類によって大きく変動します。
クロス(壁紙)の耐用年数は6年と定められており、定額法による計算では入居1年目の残存価値は約83%、3年目で約50%、6年目以降はほぼ1円となるため、長期居住ほどクロス負担額の減少が見込めます。
ただし本件のようにフローリング材の剥がれなどの特別損耗がある場合は、耐用年数とは別に修繕費用が加算されるため注意が必要です。
入居年数ごとに借主が負担すべき残存価値を計算ツールで確認できます。
民法第400条:債権の目的が特定物の引渡しであるときは、債務者は、その引渡しをするまで、契約その他の債権の発生原因及び取引上の社会通念に照らして定まる善良な管理者の注意をもって、その物を保存しなければならない。
この判決から学ぶ敷金返還のルールと退去費用への対処法


- 通常損耗と特別損耗の区別が敷金の返還相場を左右する最大の要因
- 最高裁も通常損耗の借主負担には契約書への明記と明確な合意を要求している
- 敷金の返還額に納得がいかないときは段階的に交渉を進められる


敷金が戻ってくる相場を知っていても、実際に請求された金額が妥当なのか判断できずに困っている方は多いのではないでしょうか。
ここでは、通常損耗と特別損耗の法的な違いと類似判例、そして敷金返還を求めるための具体的な交渉手順を解説します。
通常損耗と特別損耗の区別が敷金の返還相場を左右する最大の要因


まず、敷金が戻ってくる相場を正しく理解するために、通常損耗と特別損耗の違いを整理します。
通常損耗とは、普通に生活していれば自然に生じる傷みや経年変化のことを指し、クロスの変色や畳の日焼け、家具の設置跡などが該当します。
一方、特別損耗とは借主の故意や過失、または善管注意義務違反によって生じた損傷であり、本件のフローリング材の剥がれや襖の破損がこれに該当します。
敷金の返還率は通常損耗のみであれば預けた金額の50%から80%が返還相場ですが、特別損耗が加わると大幅に減額されることがあります。


通常損耗と特別損耗の違いを理解しておけば、管理会社の請求が正当かどうかを冷静に判断できます。
民法第601条:賃貸借は、当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うこと及び引渡しを受けた物を契約が終了したときに返還することを約することによって、その効力を生ずる。
最高裁も通常損耗の借主負担には契約書への明記と明確な合意を要求している


加えて、この東京地裁の判決と同様の判断基準は最高裁判所の判例でも確認されています。
最高裁判所は平成17年12月16日の判決で、通常損耗の原状回復義務を借主に負わせるためには「契約書に具体的に明記されている」か「口頭で説明し借主が明確に認識・合意している」ことが必要と判示しました。
しかし本件ではフローリング材の剥がれや鍵の紛失が問題となっており、これらは通常の使用では発生しない損傷であるため、長期居住でも特別損耗は借主負担という結論に至りました。
この判例を踏まえると、管理会社から通常損耗について費用を請求された場合には、契約書に具体的な記載があるかどうかを確認することが重要です。
退去費用の請求内容に疑問がある場合は、敷金の返還割合や通常損耗の負担ルールを確認してみましょう。
最高裁の判断基準を知っていれば、退去時の交渉を有利に進めることができます。
民法第415条第1項:債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
敷金の返還額に納得がいかないときは段階的に交渉を進められる


最後に、敷金の返還額に納得がいかないときの具体的な対処法を解説します。
まずは管理会社に対して、請求された各項目が「通常損耗」と「特別損耗」のどちらに該当するのかを書面で明確にするよう求めることが第一歩です。
交渉で解決しない場合は、国民生活センターや消費者センターへの無料相談を利用するか、60万円以下であれば少額訴訟を検討しましょう。


不当に差し引かれた敷金は不当利得としての返還請求が可能であるため、泣き寝入りする必要はありません。
敷金の精算内容に不明点がある場合は、国土交通省のガイドラインと照らし合わせて確認してみましょう。
段階的に交渉を進めれば、敷金の返還額を適正な金額に見直せるケースは少なくありません。
民法第703条:法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う。
よくある質問
まとめ
この判決は、長期居住でも個別検証で特別損耗の負担が生じることを明確に示した事例です。
敷金が戻ってくる相場は一般的に50%から80%程度ですが、通常損耗と特別損耗の区別や入居年数、契約内容によって大きく変わります。
この記事のポイントを振り返ります。
- 敷金の返還相場は預けた金額の50%から80%だが損傷の種類で大きく変わる
- 東京地裁は約11年の居住でもフローリング材の剥がれや襖の破損を特別損耗と認定した
- クロスの耐用年数は6年で長期居住なら残存価値はほぼゼロだが特別損耗は別に判断される
- 通常損耗の原状回復義務を借主に負わせるには契約書への明記と明確な合意が必要になる
- 敷金返還に納得がいかない場合は書面での交渉や少額訴訟で対処できる


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