
原状回復工事が未実施でも費用請求?返還が認められた判例と対処法
退去時に管理会社から「原状回復費用として敷金から差し引きます」と言われ、後から工事が行われていなかったことに気づいた経験はありませんか。
本記事で紹介するのは、RETIO判例検索システムNo.28に掲載されている東京地方裁判所が令和4年3月15日に下した判決です。
この裁判では、飲食店の定期借家契約終了時に敷金から控除された約134万円の原状回復工事費用が争点となりました。
裁判所は、原状回復工事が実際には行われなかったにもかかわらず費用を控除した合意に借主の動機の錯誤を認め、不当利得として返還を命じました。

監修者
1982年にサレジオ学院高校を卒業後、中央大学法学部法律学科に進学し1987年に卒業。法曹界を志し、様々な社会経験を経た後、2016年に行政書士試験に合格。2017年4月に「綜合法務事務所君悦」を開業。法律知識と実務経験を活かし、国際業務を中心に寄り添ったサービスを提供している。
日本行政書士会連合会 神奈川県行政書士会所属
登録番号 第17090472号
原状回復工事が未実施なのに敷金から費用を控除された経緯と裁判所の判断

- 定期借家契約の解約時に原状回復費用として134万円が敷金から控除された
- 裁判所は工事実施を前提とした合意に借主の動機の錯誤を認めた
- 原状回復費用の耐用年数と残存価値の計算方法を理解しておくことが大切になる

「原状回復費用を敷金から差し引きます」と言われたのに、実際に工事が行われなかったケースを知っていますか。
ここでは、定期借家契約の終了時に敷金から控除された原状回復費用について、裁判所がどのような判断を下したのかを具体的な金額とともに整理します。
定期借家契約の解約時に原状回復費用として134万円が敷金から控除された

まず、この裁判の背景を整理します。
借主Xは飲食業を営んでおり、貸主Yとの間で平成29年2月に月額賃料18万7,000円、敷金112万2,000円(敷引20万1,960円)の定期建物賃貸借契約を締結しました。
借主は令和元年6月に解約を申し入れ、同年10月31日に退去しましたが、貸主は原状回復費として約134万円を含む合計約162万円を請求し、敷金112万円を充当した残額50万円を借主に追加請求しました。
しかし貸主は原状回復工事を実施せず、内装や造作が残った居抜きの状態で次の賃借人に引き渡したため、借主が不当利得の返還を求めて訴訟を提起しました。
ゲン原状回復費用の控除に同意する前に、実際に工事が行われるかどうかを必ず確認しましょう。
民法第622条の2第1項:賃貸人は、敷金を受け取っている場合において、賃貸借が終了し、かつ、賃貸物の返還を受けたときは、賃借人に対し、その受け取った敷金の額から賃貸借に基づいて生じた賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務の額を控除した残額を返還しなければならない。
裁判所は工事実施を前提とした合意に借主の動機の錯誤を認めた


次に、裁判所がこの原状回復費用の控除についてどのように判断したかを確認します。
裁判所は、契約条項では原状回復をスケルトン状態に戻すと定められていたが、実際には居抜きの状態で引き渡された点に着目しました。
借主は原状回復工事が実施されることを前提に費用負担の合意をしており、工事が行われないなら合意しなかったことは社会通念上も明らかであるとして、借主の動機の錯誤が成立すると判断しました。
その結果、約134万円の原状回復費用が不当利得と認定され、敷金残額約84万円と追加支払分50万円の返還が命じられました。



工事が行われないのに費用だけ請求された場合は、錯誤による返還請求ができる可能性があります。
民法第95条第1項:意思表示は、次に掲げる錯誤に基づくものであって、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるときは、取り消すことができる。二 表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤
原状回復費用の耐用年数と残存価値の計算方法を理解しておくことが大切になる



クロス・カーペット・クッションフロア等の耐用年数は6年です。要は入居期間が6年以上であれば、原状回復費用は発生しない(0円)ということになります。
さらに、原状回復費用の妥当性を判断するうえで、国土交通省の原状回復ガイドラインが定める耐用年数の考え方を理解しておくことが重要です。
例えば、クロス(壁紙)の耐用年数は6年と定められており、定額法で計算すると入居3年目で残存価値は約50%、6年目以降はほぼ1円にまで下がります。
耐用年数を超えた設備の原状回復費用を請求された場合は、ガイドラインの基準に照らして費用の減額を主張できる可能性があります。



耐用年数と残存価値の計算を知っておくことで、不当な請求に気づきやすくなります。
民法第621条:賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に回復する義務を負う。
この判例から学ぶ原状回復費用の不当控除への対処法


- 工事が未実施の場合は原状回復費用控除の合意が錯誤により無効になりうる
- 居抜き渡しで原状回復費用が争われた他の裁判例との比較
- 原状回復費用を不当に控除されたときは段階的に返還を求められる


判例の法的根拠を理解したうえで、実際に不当な費用を請求されたときにどう動けばよいのかを知りたい方も多いでしょう。
ここでは、錯誤無効の適用条件と類似判例の動向、そして不当な控除を受けた場合の具体的な返還請求の手順を解説します。
工事が未実施の場合は原状回復費用控除の合意が錯誤により無効になりうる


まず、この判例で適用された「動機の錯誤」の法的な仕組みを整理します。
錯誤とは、意思表示をした人が前提としていた事実と実際の事実にずれがある場合を指します。
この判例では、借主が「原状回復工事が実施されるからこそ費用を負担する」という動機を黙示に表示しており、貸主もそれを認識していたと認定されました。
合意の前提となった工事が行われなかった場合は、動機の錯誤として合意を取り消せる可能性があり、不利な特約を拒否する方法と合わせて知っておくことが大切です。





合意の前提が崩れたときは、錯誤を理由に無効を主張できることを覚えておきましょう。
民法第90条:公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。
居抜き渡しで原状回復費用が争われた他の裁判例との比較


加えて、居抜き渡しで原状回復費用が争われた他の判例を確認することで、この判決の位置づけが明確になります。
例えば、平成29年12月8日の東京地裁判決や令和元年10月1日の東京地裁判決では、借主が原状回復義務に替えて同等額の金銭を支払う旨の合意が認定され、貸主の不当利得は認められなかったケースもあります。
今回の判例との違いは、合意の過程で借主が費用負担に異議を示す行動を取っていた点にあります。
具体的には、退去時請求書にあえて「受領しました」と手書きを加え、金銭精算に同意していないことを示していたため、裁判所は借主の意思が錯誤に基づくものだと認定しました。



類似判例を知っておくことで、自分のケースに当てはまるかどうかを判断しやすくなります。
民法第601条:賃貸借は、当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うこと及び引渡しを受けた物を契約が終了したときに返還することを約することによって、その効力を生ずる。
原状回復費用を不当に控除されたときは段階的に返還を求められる


最後に、この判例を参考にして不当な原状回復費用の返還を求める具体的な手順を解説します。
第一段階として、貸主に対して「原状回復工事の実施の有無」と「工事の見積書および領収書の開示」を書面で求めましょう。
交渉で解決しない場合は、消費者センターへの無料相談や、60万円以下であれば少額訴訟の手続きを利用して返還を請求できます。
不当に控除された費用は不当利得として返還請求が可能であり、この判例のように約134万円もの金額が返還されたケースがあることを知っておけば、泣き寝入りせずに行動できます。





不当な原状回復費用は返還を求められますので、泣き寝入りせずに行動することが大切です。
民法第703条:法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う。
よくある質問
まとめ
この判決は、原状回復工事が未実施であれば費用控除の合意が無効になりうることを明確に示した重要な先例です。
敷金から原状回復費用を差し引かれた場合は、まず「工事が実際に行われたか」「合意の前提が守られているか」を確認することが重要です。
この記事のポイントを振り返ります。
- 定期借家契約の終了時に敷金から原状回復費用134万円が控除されたが工事は未実施だった
- 裁判所は工事実施を前提とした費用負担の合意に借主の動機の錯誤を認めた
- 約134万円の原状回復費用が不当利得として返還を命じられた
- 耐用年数と残存価値の計算方法を理解すれば不当な請求に気づきやすくなる
- 不当に控除された費用は書面での交渉や少額訴訟で返還を求められる


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