【減価償却とは】賃貸物件の退去時における原状回復義務との関係

賃貸契約の終了時における減価償却の適用方法、正しく理解できていますか?
減価償却とは、建物や設備などの資産価値を法定耐用年数に基づいて分割し、毎年の費用として計上する会計処理であり、賃貸物件の退去時における原状回復費用の負担割合を決定する重要な指標として活用されています。
国土交通省が発行している原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)では、経年劣化による損耗について減価償却の考え方を適用し、借主と貸主の費用負担を適切に区分することで、退去時のトラブルを防止する仕組みが定められています。
本記事では、減価償却の基本的な概念から賃貸物件における具体的な適用方法まで、行政書士の視点から国土交通省ガイドラインに基づいて詳しく解説いたします。

監修者
1982年にサレジオ学院高校を卒業後、中央大学法学部法律学科に進学し1987年に卒業。法曹界を志し、様々な社会経験を経た後、2016年に行政書士試験に合格。2017年4月に「綜合法務事務所君悦」を開業。法律知識と実務経験を活かし、国際業務を中心に寄り添ったサービスを提供している。
日本行政書士会連合会 神奈川県行政書士会所属
登録番号 第17090472号
減価償却とは何か
減価償却とは、建物や設備などの固定資産について、取得価額を耐用年数にわたって配分し、各年度の費用として計上する会計上の手続きです。
賃貸物件においては、壁紙、フローリング、設備機器などの建物構成要素がそれぞれ異なる耐用年数を持ち、時間の経過とともに価値が減少していくことを数値化した概念として活用されています。
減価償却の基本的な仕組み
減価償却の計算方法は、取得価額から耐用年数で除算する定額法が一般的に用いられます。
たとえば、壁紙(クロス)の場合、耐用年数を6年として設定し、6年経過後には資産価値がゼロになるという考え方を適用します。

- 壁紙(クロス):6年
- フローリング:15年
- カーペット:6年
- 畳:6年
- 設備機器:6年〜15年

減価償却は単なる会計処理ではなく、賃貸借契約における公平な費用負担を実現するための重要な指標として機能しています。
原状回復義務における減価償却の適用方法とは
国土交通省のガイドラインでは、減価償却の考え方を原状回復費用の負担区分に適用することで、借主と貸主の責任を明確に区分しています。
経年劣化による自然な損耗については、耐用年数の経過に応じて貸主の負担割合が増加し、借主の負担割合が減少する仕組みが採用されています。
負担割合の計算方法
具体的な負担割合の計算は、以下の計算式によって算出されます。
借主負担割合 =(耐用年数 - 経過年数)÷ 耐用年数 × 100
経過年数 | 借主負担割合(壁紙の場合) |
---|---|
1年 | 約83% |
3年 | 50% |
6年以上 | 1円(最低負担額) |
故意・過失による損傷の取り扱い
ただし、借主の故意や過失による損傷については、減価償却の適用対象外となり、借主が全額負担することになります。
タバコのヤニ汚れ、結露を放置したことによるカビ、釘穴やネジ穴による損傷などは、通常の使用による経年劣化とは区別して判断されます。



減価償却は経年劣化による自然な損耗にのみ適用され、借主の使用方法に起因する損傷には適用されない点にご注意ください。
具体的な負担事例でわかる減価償却の実務適用
減価償却の考え方がどのように実際の退去費用に反映されるかを、具体的な事例を通じて説明いたします。
壁紙交換における負担事例
Aさんが3年間居住したアパートを退去する際、壁紙の全面交換が必要になったケースを考えてみましょう。
壁紙の交換費用が60,000円、壁紙の耐用年数を6年とした場合、借主の負担割合は以下のようになります。


- 経過年数:3年
- 借主負担割合:(6年-3年)÷6年=50%
- 借主負担額:60,000円×50%=30,000円
- 貸主負担額:60,000円×50%=30,000円
フローリング補修における負担事例
Bさんが8年間居住したマンションで、フローリングの一部に傷が発生し、部分補修が必要になった場合を検討してみます。
フローリングの耐用年数は15年、補修費用が50,000円とすると、借主の負担は以下のとおりです。
借主負担割合:(15年-8年)÷15年≒47%
借主負担額:50,000円×47%≒23,500円



耐用年数が長い設備ほど、経年劣化による価値減少の進行が緩やかになるため、借主の負担割合が相対的に高くなる傾向があります。
トラブル回避のための減価償却活用方法
減価償却の知識を適切に活用することで、退去時の費用負担について貸主と建設的な協議を行うことができます。
入居時の状況記録
減価償却を適切に適用してもらうためには、入居時の建物・設備の状況を詳細に記録することが重要です。
写真撮影や書面による記録により、経年劣化による損耗と借主の使用による損傷を明確に区別できる証拠を残しておきましょう。
退去時における協議の進め方
退去時に原状回復費用の見積もりを受け取った際は、各項目について減価償却の適用が適切に行われているかを確認します。
国土交通省のガイドラインを根拠として、耐用年数の設定や負担割合の計算について疑問がある場合は、書面で説明を求めることが効果的です。


- 見積書の各項目の耐用年数設定を確認
- 経過年数に基づく負担割合の計算が正確か検証
- 経年劣化と故意・過失の区別が適切か判断
- 国土交通省ガイドラインとの整合性を確認
- 必要に応じて専門家への相談を検討



複雑な法的判断が必要な場合は、認定司法書士や弁護士への相談も視野に入れることをおすすめいたします。
減価償却に関するよくある誤解と正しい理解
減価償却について、借主の方々が抱きやすい誤解と、正しい理解について整理いたします。
誤解:耐用年数経過後は借主負担ゼロ
耐用年数が経過した設備についても、借主は最低限の負担(1円等)を求められる場合があります。
減価償却により資産価値がゼロになっても、実際の修繕には費用が発生するため、完全に負担がなくなるわけではないという点にご注意ください。
誤解:すべての損耗に減価償却が適用される
減価償却は経年劣化による自然な損耗にのみ適用され、借主の故意・過失による損傷には適用されません。
通常の使用方法を超えた使用や、適切な維持管理を怠ったことによる損傷については、借主が全額負担することになります。
正しい理解:グレードアップの費用は貸主負担
原状回復工事において、入居時よりも高品質な材料や設備への交換を行う場合、そのグレードアップ部分は貸主負担となります。
減価償却の計算は、入居時と同等の品質での復旧費用を基準として算出されることを理解しておきましょう。



減価償却の適用範囲と限界を正確に理解することで、適切な費用負担の協議が可能になります。
まとめ
減価償却は、賃貸物件の退去時における原状回復費用の公平な負担を実現するための重要な仕組みであり、国土交通省のガイドラインに基づいて適切に適用されることで、借主と貸主双方の利益を保護します。
経年劣化による自然な損耗については耐用年数に応じた負担軽減が図られる一方、故意・過失による損傷については減価償却の適用対象外となることを理解し、入居時から退去時まで適切な記録を残すことが重要です。
退去時の費用負担について疑問や不安がある場合は、国土交通省のガイドラインを根拠として建設的な協議を行い、必要に応じて専門家のサポートを活用することで、適切な解決を図ることができるでしょう。
- 減価償却により経年劣化分は借主負担が軽減される
- 故意・過失による損傷は減価償却適用外
- 耐用年数と経過年数で負担割合が決定
- 入居時の状況記録が重要な証拠となる
- 国土交通省ガイドラインが判断基準

