
敷金返還請求で原状回復費用と水道料の不当利得が控除された判例を解説
退去後に敷金が返還されないだけでなく、水道料まで請求されてしまったという経験はありませんか。
本記事で紹介するのは、東京地方裁判所が平成24年5月31日に下した判決(RETIO 89-090)です。
この裁判では、賃借人による敷金返還請求に対し、賃貸人が原状回復義務違反と水道料支払義務違反を理由に同時履行の抗弁を主張し反訴を提起しました。
裁判所は敷金から原状回復費用と水道使用料の不当利得を控除した額の返還を認め、賃貸人の反訴請求を棄却しました。

監修者
1982年にサレジオ学院高校を卒業後、中央大学法学部法律学科に進学し1987年に卒業。法曹界を志し、様々な社会経験を経た後、2016年に行政書士試験に合格。2017年4月に「綜合法務事務所君悦」を開業。法律知識と実務経験を活かし、国際業務を中心に寄り添ったサービスを提供している。
日本行政書士会連合会 神奈川県行政書士会所属
登録番号 第17090472号
東京地裁が示した敷金返還と原状回復費用の精算基準

- 賃料月額28万2500円の賃貸借契約で敷金返還をめぐり訴訟に発展した経緯
- 裁判所は原状回復費用と水道使用料を控除して敷金の返還を命じた
- クロスの耐用年数6年と残存価値の計算方法を把握しておくことが重要になる

退去後に敷金が返ってこないばかりか、追加で水道料まで請求されるケースがあります。
ここでは、賃貸借契約の内容と紛争の経緯、裁判所の判断、そして耐用年数による費用計算の仕組みを確認します。
賃料月額28万2500円の賃貸借契約で敷金返還をめぐり訴訟に発展した経緯

まず、この裁判の背景として、賃借人は平成16年10月5日に賃料月額28万2500円、敷金100万円の建物賃貸借契約を締結しました。
賃借期間は平成19年10月4日までの3年間でしたが、契約終了後に賃借人が敷金の返還を請求したところ、賃貸人は原状回復義務違反と水道料支払義務違反を主張しました。
賃貸人は敷金100万円の返還を拒み同時履行の抗弁を主張するとともに、反訴を提起して原状回復費用等の支払いを求めました。
敷金は賃貸借契約が終了し物件を明け渡した後に返還されるのが原則であり、民法第622条の2にもその基本的な考え方が定められています。
ゲン敷金の返還時期や条件を契約書で確認しておくことが大切です。
民法第622条の2第1項:賃貸人は、敷金を受け取っている場合において、賃貸借が終了し、かつ、賃貸物の返還を受けたときは、賃借人に対し、その受け取った敷金の額から賃貸借に基づいて生じた賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務の額を控除した残額を返還しなければならない。
裁判所は原状回復費用と水道使用料を控除して敷金の返還を命じた


次に、裁判所が具体的にどのような判断を下したかを確認します。
裁判所は賃借人の壁のクロス損傷等について原状回復費用の一部を認め、敷金からの控除を認めました。
さらに、賃借人が使用した水道使用料の不当利得として月額1万円×26か月分の合計26万円を敷金から控除することが相当と判断しました。
一方で、賃貸人が反訴で請求した明渡義務違反や原状回復義務違反に基づく損害賠償については、いずれも理由がないとして棄却されました。



裁判所は費用ごとに借主の負担範囲を個別に判断しています。
民法第621条:賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に回復する義務を負う。
クロスの耐用年数6年と残存価値の計算方法を把握しておくことが重要になる



クロス・カーペット・クッションフロア等の耐用年数は6年です。要は入居期間が6年以上であれば、原状回復費用は発生しない(0円)ということになります。
さらに、この判決の争点となったクロス(壁紙)には、国土交通省のガイドラインで耐用年数6年が定められています。
定額法による計算では、入居1年目の残存価値は約83%、3年目で約50%、6年目以降はほぼ1円となるため、長期入居になるほど借主が負担すべき金額は少なくなります。
この事例では3年間の入居でクロスの残存価値は約50%まで低下しており、仮にクロスの損傷が借主の過失であっても、負担額は新品の半額程度が上限となります。



入居年数ごとに借主が負担すべき残存価値を計算ツールで確認できます。
民法第1条第2項:権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。
この判決から学ぶ敷金返還と退去費用への対処法


- 敷金から控除できる費用の範囲は法律で限定されている
- 賃貸人の同時履行の抗弁が認められなかった理由を理解する
- 退去時の敷金返還トラブルに備えて証拠を残す方法を知る


判決の内容を理解したうえで、実際に敷金返還を求めるときにどう対処すればよいか気になる方も多いでしょう。
ここでは、敷金控除の法的な範囲と同時履行の抗弁が否定された理由、そして退去時の具体的な証拠保全の方法を解説します。
敷金から控除できる費用の範囲は法律で限定されている


まず、敷金から差し引ける費用の法的な範囲を整理します。
この判決では、賃借人が使用した水道料について月額1万円×26か月分の合計26万円が不当利得として認められ、敷金から控除されました。
敷金から差し引ける費用は借主の故意・過失による損耗に限られるため、通常の使用で生じた損耗は控除の対象になりません。
法律上の原因なく利益を得た場合には不当利得として返還義務が発生するため、水道料のように本来借主が支払うべき費用は敷金から控除される可能性があります。





敷金から控除される費用の明細を確認し、不当な項目がないか確認しましょう。
民法第703条:法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う。
賃貸人の同時履行の抗弁が認められなかった理由を理解する


加えて、この判決で重要なのは、賃貸人が主張した同時履行の抗弁が認められなかった点です。
賃貸人は「原状回復義務の履行が完了するまで敷金を返還しない」と主張しましたが、裁判所は敷金返還義務と原状回復義務は同時履行の関係にはないと判断しました。
敷金返還義務は物件の明渡しが完了した時点で発生するため、賃貸人が原状回復を理由に返還を拒むことは法的に認められないのが原則です。
この判決は、賃貸人の反訴請求も棄却しており、賃貸人が根拠なく敷金返還を拒み続けることのリスクを示しています。



敷金返還と原状回復は別の義務であることを理解しておくと交渉で有利になります。
民法第533条:双務契約の当事者の一方は、相手方がその債務の履行を提供するまでは、自己の債務の履行を拒むことができる。ただし、相手方の債務が弁済期にないときは、この限りでない。
退去時の敷金返還トラブルに備えて証拠を残す方法を知る


最後に、退去時に敷金返還トラブルを避けるための具体的な対処法を解説します。
退去時の室内状況を写真や動画で記録しておくことが最も重要な証拠保全の方法です。
入居時と退去時の状態を比較できるように、壁・床・水回りの状況を撮影し、日付入りのデータとして保存しておきましょう。
交渉で解決しない場合は、国民生活センターへの相談や、60万円以下であれば少額訴訟を利用することで、費用を抑えながら法的に解決する方法もあります。





証拠をしっかり残しておけば、敷金返還の交渉で大きな武器になります。
民法第415条第1項:債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
よくある質問
まとめ
この判決は、敷金から控除される費用の範囲と計算方法を理解しておくことの重要性を示した事例です。
退去時に敷金が返還されない場合は、まず控除されている費用の内訳を確認し、通常損耗や経年変化が含まれていないか確認しましょう。
この記事のポイントを振り返ります。
- 東京地裁は敷金から原状回復費用と水道使用料の不当利得を控除した額の返還を命じた
- 賃貸人の同時履行の抗弁と反訴請求はいずれも棄却された
- クロスの耐用年数は6年で3年入居なら残存価値は約50%になる
- 敷金から差し引ける費用は借主の故意・過失による損耗に限定される
- 退去時の室内状況を写真や動画で記録しておくことが重要になる


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