
「敷金が返ってこないのは普通」。貸主に敷金返還請求をするまでの流れ
「敷金が返ってこないのは普通」——退去時にこう言われ、納得できないまま泣き寝入りしてしまった経験はありませんか。実際の調査データでは、東京における敷金の平均返還率は42%にとどまり、約3割の借主が1円も返金されていないのが現実です。
しかし、敷金は本来「預り金」であり、正当な理由なく返還しないことは法的に認められていません。国土交通省のガイドラインや民法の規定を正しく理解すれば、貸主に対して適正な返還を求めることは十分に可能です。
この記事では、敷金返還請求の制度的な根拠から具体的な手続きの流れ、交渉が決裂した場合の法的手段まで、段階的にわかりやすく解説します。

監修者
1982年にサレジオ学院高校を卒業後、中央大学法学部法律学科に進学し1987年に卒業。法曹界を志し、様々な社会経験を経た後、2016年に行政書士試験に合格。2017年4月に「綜合法務事務所君悦」を開業。法律知識と実務経験を活かし、国際業務を中心に寄り添ったサービスを提供している。
日本行政書士会連合会 神奈川県行政書士会所属
登録番号 第17090472号
敷金返還の法的根拠と制度の全体像
敷金返還請求を行う前に、まず敷金の法的な位置づけと返還のルールを正確に押さえておきましょう。2020年の民法改正により、敷金に関する規定はより明確になっています。
1-1. 民法で定められた敷金返還義務
2020年4月に施行された改正民法では、第622条の2において敷金の定義と返還義務が初めて明文化されました。敷金とは「いかなる名目によるかを問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭」と定義されています。
- 返還時期:賃貸借契約が終了し、賃貸物の返還を受けたとき
- 返還額:敷金から賃借人の債務(未払い賃料・原状回復費用)を差し引いた残額
- 原状回復の範囲:通常の使用による損耗・経年劣化は借主の負担に含まれない
- 時効:敷金返還請求権の消滅時効は物件明け渡しから5年
1-2. 国土交通省ガイドラインの位置づけ
国土交通省が公表している「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」は、退去時の原状回復費用の算定基準を示したものです。法的拘束力はありませんが、裁判や調停において重要な判断基準として広く参照されています。
- 経年劣化・通常損耗:貸主の負担(家賃に含まれる)
- 故意・過失による損耗:借主の負担(原状回復義務あり)
- 経過年数の考慮:居住年数が長いほど借主の負担割合は減少
1-3. 敷金が返ってこない主なパターン
敷金が返還されないケースには、いくつかの典型的なパターンがあります。自分の状況がどれに該当するかを把握することが、返還請求の第一歩です。

| パターン | 内容 | 対処の可否 |
|---|---|---|
| 過剰な原状回復請求 | 通常損耗・経年劣化まで借主に請求される | ガイドラインを根拠に減額交渉が可能 |
| 不当な特約の適用 | 契約書の特約で全額借主負担とされる | 消費者契約法10条で無効主張が可能 |
| 精算書の不交付 | 退去後に精算書が届かず放置される | 書面で返還請求を行う権利あり |
| 貸主の資力不足 | 貸主に返還する資金がない | 法的手続きで強制執行が可能 |
敷金が返ってこないのは「普通」ではなく、法的根拠のない不当な扱いである可能性があります。まずは請求明細をガイドラインと照らし合わせ、借主負担の範囲を正確に把握しましょう。
敷金返還請求を成功させるためには、事前の証拠収集と必要書類の整理が欠かせません。準備が不十分なまま交渉に臨むと、貸主側の主張を覆すことが難しくなります。
2-1. 返還請求に必要な書類・証拠
敷金返還を求める際に準備しておくべき書類と証拠を整理しましょう。これらの書類は交渉だけでなく、法的手続きに進む場合にも重要な証拠となります。
- 賃貸借契約書(原本):敷金の金額、特約条項、原状回復の範囲を確認
- 敷金の領収書・振込明細:支払い済みの敷金額を証明する書類
- 入居時の写真・動画:入居前からあった傷や汚れの記録
- 退去時の精算書・見積書:貸主側が提示した原状回復費用の明細
- 退去時の写真・動画:退去日の部屋の状態を記録したもの
2-2. 精算書のチェックポイント
退去後に届く精算書(原状回復費用の明細)は、敷金返還額を左右する最も重要な書類です。以下のポイントを一つずつ確認しましょう。
- 通常損耗の請求有無:経年劣化や通常使用による損耗が含まれていないか
- 経過年数の反映:クロスやカーペットの耐用年数(6年)が考慮されているか
- 施工範囲の妥当性:一部の損傷に対して部屋全体の張替え費用が請求されていないか
- 単価の相場:クロス張替え1,000〜1,500円/m2、クリーニング3〜5万円が目安
退去費用の交渉を専門家に依頼する方法は、以下の記事で解説しています。
敷金返還請求の具体的な手順
準備が整ったら、いよいよ貸主への返還請求を行います。段階的にアプローチすることで、交渉がスムーズに進む可能性が高まります。
3-1. 第1段階:管理会社・貸主への書面交渉
まずは管理会社または貸主に対して、書面で敷金返還の意思を明確に伝えることから始めます。口頭でのやり取りだけでは記録が残らないため、必ず書面(メールや手紙)で行いましょう。
- 請求の根拠:民法622条の2に基づく敷金返還請求であること
- 不当と考える項目:精算書の中で通常損耗に該当する項目を具体的に指摘
- 返還希望額:ガイドラインに基づいて算出した適正な返還額
- 回答期限:2週間程度の合理的な期限を設定
3-2. 第2段階:内容証明郵便による正式請求
書面交渉で解決しない場合は、内容証明郵便を使った正式な返還請求に移行します。内容証明郵便は「いつ・誰が・誰に・どのような内容を通知したか」が公的に証明されるため、法的手続きの前段階として非常に有効です。


| 項目 | 費用目安 | 備考 |
|---|---|---|
| 郵便料金 | 84〜94円 | 定形・定形外による |
| 内容証明加算料金 | 480円(1枚目)+ 290円(追加1枚ごと) | 2枚で770円 |
| 書留料金 | 480円 | 必須 |
| 配達証明 | 350円 | 受取日を証明(推奨) |
| 行政書士に依頼 | 2〜5万円 | 文書作成を代行してもらう場合 |
3-3. 第3段階:法的手続きによる解決
内容証明郵便を送付しても貸主が応じない場合は、法的手続きを検討します。敷金返還の金額帯では、少額訴訟が最も利用しやすい手段です。
- 民事調停:裁判所の調停委員を介した話し合い。費用は数千円程度
- 少額訴訟:60万円以下の金銭請求が対象。原則1回の期日で判決
- 通常訴訟:60万円を超える場合や複雑な争点がある場合に利用
内容証明郵便を送付した段階で貸主が態度を軟化させるケースは非常に多いです。少額訴訟まで進む前に、まずは書面交渉と内容証明の段階で粘り強く対応しましょう。
敷金返還トラブルを未然に防ぐ方法
退去後に敷金返還で揉めないためには、入居時からの準備が重要です。ここでは、トラブルを未然に防ぐために入居時・居住中・退去時の各段階で実践すべきポイントを解説します。
4-1. 入居時の記録と契約書の確認
退去時のトラブルを防ぐ最も効果的な方法は、入居時に部屋の状態を写真・動画で詳細に記録しておくことです。日付入りの写真を各部屋・各箇所ごとに撮影し、管理会社にも書面で報告しておきましょう。
- 壁・天井・床の傷や汚れを各部屋ごとに撮影する
- 水回り(キッチン・浴室・トイレ)の状態を記録する
- 契約書の特約条項を必ず確認し、不明点は入居前に質問する
- 入居前からある傷は「物件状況確認書」に記載して双方で保管する
4-2. 居住中のメンテナンスと退去時の注意点
通常損耗は貸主負担ですが、掃除を怠ったことで「特別損耗」と判断されるケースもあります。日常的な手入れを心がけ、退去時には立会いに必ず参加しましょう。
- 換気を定期的に行い、結露やカビの発生を防ぐ
- 水回りは週1回以上の清掃で水垢・カビを防止する
- 退去立会いでは入居時の写真を持参し、損耗の原因を冷静に確認する
- 精算書の内容を十分に確認するまで署名しない
一人で貸主と交渉するのが難しい場合は、専門機関に相談することで解決の糸口が見つかります。多くの窓口が無料で利用できるため、早めに相談することをおすすめします。
5-1. 無料で相談できる公的窓口


| 相談先 | 電話番号 | 対応内容 |
|---|---|---|
| 消費生活センター | 188(局番なし) | 退去費用トラブルの一般相談・助言 |
| 法テラス | 0570-078374 | 法的トラブルの情報提供・弁護士紹介 |
| 都道府県の不動産相談窓口 | 自治体により異なる | 不動産取引に関する専門的な相談 |
| 日本司法支援センター | 0570-078374 | 収入要件を満たせば弁護士費用の立替も可能 |
5-2. 専門家への依頼と費用の目安
公的窓口で解決が難しい場合は、弁護士や行政書士などの専門家に依頼することも選択肢の一つです。費用はかかりますが、返還される敷金の額が大きければ十分にメリットがあります。
- 行政書士:内容証明郵便の作成を2〜5万円程度で依頼可能
- 司法書士:140万円以下の訴訟代理が可能(簡易裁判所の範囲)
- 弁護士:着手金10〜30万円が目安。高額な返還請求に適している
敷金返還の金額が数万円程度であれば、まずは消費生活センターや法テラスの無料相談を活用しましょう。専門家のアドバイスを受けるだけで交渉力が大幅に向上するケースも多くあります。
具体的な負担割合は、以下のガイドライン負担割合表で確認できます。
まとめ:敷金返還請求は正当な権利。制度を味方につけて行動しよう
「敷金が返ってこないのは普通」と諦める必要はありません。民法とガイドラインに基づけば、正当な根拠のない控除に対して返還を請求する権利が借主にはあります。
この記事のポイント
- 敷金返還の法的根拠と制度
- 民法622条の2で敷金返還義務が明文化
- 通常損耗・経年劣化は貸主負担が原則
- 不当な特約は消費者契約法で無効主張が可能
- 返還請求権の時効は明け渡しから5年
- 返還請求の具体的な進め方
- 書面交渉→内容証明→法的手続きの3段階
- 精算書はガイドラインと照らし合わせて確認
- 入居時の写真記録がトラブル予防の鍵
- 消費生活センターや法テラスの無料相談を活用
敷金返還請求は借主の正当な権利です。「返ってこないのが普通」と言われても諦めず、まずは精算書の内容をガイドラインと照合することから始めてください。証拠を揃えて段階的に対応すれば、多くのケースで返還額の改善が期待できます。
- 本記事は一般的な情報提供を目的としており、実際の退去手続きや費用負担については契約書・管理会社・貸主の案内を必ずご確認ください。
- 国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」は法的拘束力を持つものではありませんが、裁判や調停では重要な判断基準として参照されています。











