
通常損耗の修繕費を借主に負担させる合意が不成立とされた事例を解説|釧路簡裁 平成15年判決
退去時に「契約書に記載があるから修繕費を敷金から差し引く」と言われたとき、その記載内容だけで借主の負担合意が成立したといえるのでしょうか。
本記事で紹介するのは、釧路簡易裁判所が平成15年10月31日に下した判決(RETIO 167号)です。
この裁判では、通常損耗分の原状回復費用を賃借人に負担させる合意が有効に成立しているかどうかが争点となりました。
裁判所は契約書の記載だけでは借主の負担合意が成立したとは認められないとし、賃借人の敷金返還請求を認容しました。

監修者
1982年にサレジオ学院高校を卒業後、中央大学法学部法律学科に進学し1987年に卒業。法曹界を志し、様々な社会経験を経た後、2016年に行政書士試験に合格。2017年4月に「綜合法務事務所君悦」を開業。法律知識と実務経験を活かし、国際業務を中心に寄り添ったサービスを提供している。
日本行政書士会連合会 神奈川県行政書士会所属
登録番号 第17090472号
釧路簡裁が示した通常損耗の修繕費負担と合意成立の判断基準

- 賃貸借契約の条件と敷金約49万円から修繕費が差し引かれた経緯
- 裁判所は通常損耗の修繕費負担の合意が成立していないと判断した
- 耐用年数と残存価値の計算方法を知って退去費用に備えることが重要

「契約書に書いてあるから」と敷金から修繕費を差し引かれた経験がある方もいるでしょう。
この釧路簡裁の判決は、通常損耗の修繕費を借主に負担させるためには契約書の記載だけでは不十分であり、借主が明確に了承したという特段の事情が必要であることを示した重要な先例です。
賃貸借契約の条件と敷金約49万円から修繕費が差し引かれた経緯

まず、この裁判の背景となった賃貸借契約の内容を整理します。
賃借人Xは、住宅会社Yとの間で本件住宅について期間1年、敷金49万5000円の条件で賃貸借契約を締結しました。
契約は3回にわたり合意更新され、Xは約3年間入居した後に退去しました。
退去時にYは敷金から約31万円の修繕費を差し引いた残額のみを返還したため、Xは差し引かれた修繕費の返還を求める訴えを提起しました。
Yは契約書の特約条項に修繕費の負担に関する記載があることを根拠に、Xが通常損耗分の費用を負担することに合意していたと主張しました。
ゲン敷金から修繕費が差し引かれた場合は、その根拠を確認し正当性を検証しましょう。
民法第601条:賃貸借は、当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うこと及び引渡しを受けた物を契約が終了したときに返還することを約することによって、その効力を生ずる。
裁判所は通常損耗の修繕費負担の合意が成立していないと判断した


次に、裁判所がどのような法的根拠で判断を下したかを解説します。
釧路簡裁は、通常の使用に伴う損耗の修繕費は建物の使用対価である賃料に含まれるものであり、借主に別途負担させるには特段の事情が必要と判示しました。
本件の契約書には汚損や変色等に関する修繕費の負担条項が記載されていましたが、裁判所はその記載内容を詳細に検討しました。
裁判所は、契約書の記載だけでは通常損耗の修繕費を借主に負担させる合意が成立したとは認められないと判断し、Xの敷金返還請求を認容しました。
特段の事情とは、通常損耗の修繕費を借主が負担する旨を明示し、借主がその内容を了承したうえで契約を締結したことを意味します。



通常損耗の修繕費を借主に負担させるには、契約書の記載だけでなく借主の明確な了承が必要です。
民法第621条:賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に回復する義務を負う。ただし、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
耐用年数と残存価値の計算方法を知って退去費用に備えることが重要



クロス・カーペット・クッションフロア等の耐用年数は6年です。要は入居期間が6年以上であれば、原状回復費用は発生しない(0円)ということになります。
さらに、退去費用の妥当性を判断するためには、設備や内装の耐用年数と残存価値を理解しておくことが重要です。
国土交通省のガイドラインではクロス(壁紙)の耐用年数は6年と定められており、入居期間が長くなるほど残存価値が下がります。
この事例のように約3年間の入居でも、通常損耗分の修繕費は原則として賃料に含まれるため借主が別途負担する根拠がないとされることがあります。
退去費用の請求を受けたときは、各項目が通常損耗に該当するかを確認し、耐用年数に基づいた残存価値の計算を行うことで適正な金額を把握できます。



耐用年数と残存価値を知っておけば、退去費用の見積もりが適正かどうかを自分で判断できます。
民法第606条第1項:賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う。ただし、賃借人の責めに帰すべき事由によってその修繕が必要となったときは、この限りでない。
この判決から学ぶ通常損耗の費用負担ルールと敷金返還の交渉術


- 通常損耗の修繕費は賃料に含まれるため借主に別途負担させるには特段の事情が必要
- 契約書の記載内容と借主の合意の関係を正しく理解する
- 敷金返還を求める際の具体的な手順と交渉のポイント


判決の法的根拠を理解したうえで、敷金返還を実現するための具体的な方法を確認しましょう。
ここでは、通常損耗の費用負担に関する法的ルールと、契約書の記載と合意の関係、そして敷金返還の具体的な手順を解説します。
通常損耗の修繕費は賃料に含まれるため借主に別途負担させるには特段の事情が必要


まず、通常損耗の修繕費に関する法的な原則を整理します。
賃貸物件の通常の使用に伴う損耗の修繕費は、建物の使用対価である賃料に含まれるものと解されています。
つまり、借主は賃料を支払うことで通常の使用による損耗の費用を既に負担しているのであり、退去時に別途修繕費を請求されるのは二重負担に当たります。
通常損耗の修繕費を借主に負担させるためには、その旨を明示し、借主が了承して契約を締結したという特段の事情が必要です。





通常損耗の修繕費は賃料に含まれているため、借主が別途負担する義務は原則としてありません。
民法第90条:公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。
契約書の記載内容と借主の合意の関係を正しく理解する


加えて、この判決では契約書に修繕費負担の記載があったにもかかわらず、合意が成立していないと判断された点が重要です。
本件の契約書には汚損や変色等に関する各種修繕費の負担条項が記載されていましたが、裁判所はこれらの記載が通常損耗の修繕費を借主に負担させる旨を明確に示したものとは認めませんでした。
契約書に「畳の張替え」「クリーニング費用」等の文言があっても、それが通常損耗分の負担を意味するのか、借主の過失による損耗分の負担を意味するのかが明確でなければ、合意があったとは認定されません。
契約書の特約条項を確認する際は、通常損耗の費用負担であることが明確に記載されているか、費用の算定方法が具体的に定められているかをチェックすることが大切です。



契約書の文言が曖昧な場合は、借主の負担合意が成立していないと主張できる可能性があります。
民法第415条第1項:債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
敷金返還を求める際の具体的な手順と交渉のポイント


最後に、敷金返還を求める際の具体的な手順を解説します。
まずは敷金精算書の内訳を確認し、差し引かれた修繕費が通常損耗に該当するかどうかを検証しましょう。
通常損耗の修繕費が差し引かれている場合は、「通常損耗の修繕費は賃料に含まれており別途負担の合意は成立していない」旨を書面で管理会社に伝えます。
交渉で解決しない場合は、消費者センターへの相談や少額訴訟の利用を検討しましょう。


敷金返還を実現するためには、修繕費の内訳を一つずつ確認し、通常損耗に該当する項目を根拠とともに指摘して書面で交渉を進めることが最も効果的です。



書面での交渉を丁寧に進めれば、敷金の全額返還を実現できるケースは少なくありません。
民法第703条:法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う。
よくある質問
まとめ
この判決は、通常損耗の修繕費を借主に負担させるためには契約書の記載だけでは不十分であり、借主が明確に了承したという特段の事情が必要であることを示した先例です。
敷金から修繕費を差し引かれた場合は、まず「通常損耗に該当するか」「借主の負担合意が成立しているか」を確認することが重要です。
この記事のポイントを振り返ります。
- 釧路簡裁は通常損耗の修繕費負担の合意が成立していないと判断した
- 通常損耗の修繕費は賃料に含まれており借主の別途負担は原則不要
- 借主に負担させるには明確な説明と了承という特段の事情が必要
- 契約書の記載だけでは合意が成立したとは認定されない場合がある
- 敷金精算書の内訳を確認し書面で交渉することで返還を実現できる


- 参照先:RETIO判例検索システム(RETIO No.1193)
- 敷金ドットコムは、情報提供を目的としたサイトです。行政書士が記事の監修および執筆を行っておりますが、根本的な問題やトラブルの解決を目的としたものではありません。トラブルの解決については、弁護士または認定司法書士にご相談ください。











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