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退去時の補修費負担で通常損耗による減価部分が除外され敷金返還が認められた事例の判例解説(大阪高裁 H21.6.12)
退去時にクロスの全面貼替え費用を請求されたとき、通常の使用で自然に生じた劣化分まで借主が負担する必要があるのでしょうか。
本記事で紹介するのは、大阪高等裁判所が平成21年6月12日に下した判決(RETIO 78-116)です。
この裁判では、特別損耗の補修によって通常損耗も同時に回復される場合に、補修費用から通常損耗による減価部分を除外すべきかどうかが争われました。
大阪高裁は、通常損耗による減価部分を除外して賃借人の負担額を算定すべきと判断し、あわせて敷金返還義務の履行期は建物明渡時であるとしました。

監修者
1982年にサレジオ学院高校を卒業後、中央大学法学部法律学科に進学し1987年に卒業。法曹界を志し、様々な社会経験を経た後、2016年に行政書士試験に合格。2017年4月に「綜合法務事務所君悦」を開業。法律知識と実務経験を活かし、国際業務を中心に寄り添ったサービスを提供している。
日本行政書士会連合会 神奈川県行政書士会所属
登録番号 第17090472号
特別損耗と通常損耗が混在する補修費の負担が争われた裁判の経緯

- 敷金35万1千円と月額賃料11万7千円の賃貸借契約で約7年6か月入居した経緯
- 大阪高裁は補修費から通常損耗の減価部分を除外すべきと判断した
- クロスの耐用年数6年と残存価値の計算方法を確認しておくことが重要になる

クロスに傷をつけてしまった場合、全面貼替えの費用全額を借主が払うべきなのか疑問に感じたことはありませんか。
この大阪高裁の判決は、特別損耗の補修で通常損耗も同時に回復される場合には、通常損耗分の減価を差し引いて借主の負担額を計算すべきと示した重要な事例です。
敷金35万1千円と月額賃料11万7千円の賃貸借契約で約7年6か月入居した経緯

まず、この裁判の対象となった賃貸借契約の内容を確認します。
賃借人Xは平成12年2月1日に賃貸人Yとの間で、月額賃料11万7千円、共益費8千円、敷金35万1千円(賃料の3か月分)の賃貸借契約を締結しました。
Xは約7年6か月間この物件に入居し、平成19年7月31日に明け渡しました。
Yは退去精算書を作成し、日割賃料と原状回復費用を差し引いた6万1640円のみを返還しましたが、Xは精算内容に通常損耗が含まれているとして28万3388円の追加返還を求めました。
ゲン退去精算書の内容に疑問がある場合は、通常損耗と特別損耗を区別して確認することが大切です。
民法第601条:賃貸借は、当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うこと及び引渡しを受けた物を契約が終了したときに返還することを約することによって、その効力を生ずる。
大阪高裁は補修費から通常損耗の減価部分を除外すべきと判断した


次に、大阪高裁がどのような理由で通常損耗分の除外を認めたかを整理します。
裁判所は最高裁判決(平成17年12月16日)を引用し、クロス等の耐用年数が比較的短い部材について、特別損耗の補修のために全面貼替えを行うと通常損耗も同時に回復されることになると指摘しました。
このような場合に補修費の全額を借主に負担させると、貸主が通常損耗分の回復費用を二重に利得することになり相当ではないとして、経年変化を考慮して原状回復費の範囲を制限するのが妥当だと判断しました。
さらに、敷金返還義務の履行期についても、清算完了時ではなく建物明渡時が起算日であるとし、明渡時から遅延損害金が発生すると判断しています。



全面貼替えの費用全額を借主が負担するのではなく、通常損耗分を差し引く考え方が重要です。
民法第621条:賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に回復する義務を負う。
クロスの耐用年数6年と残存価値の計算方法を確認しておくことが重要になる



クロス・カーペット・クッションフロア等の耐用年数は6年です。要は入居期間が6年以上であれば、原状回復費用は発生しない(0円)ということになります。
さらに、この判決で重視されたクロス(壁紙)の減価について、国土交通省のガイドラインでは耐用年数6年が定められています。
定額法の計算によれば、入居1年目の残存価値は約83%、3年目で約50%、6年を超えるとほぼ1円です。
Xの入居期間は約7年6か月であり耐用年数6年を超えていたため、クロスの残存価値はほぼゼロと計算されます。



入居年数が6年を超えている場合、クロスの張替え費用は原則として貸主の負担になります。
民法第606条第1項:賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う。ただし、賃借人の責めに帰すべき事由によってその修繕が必要となったときは、この限りでない。
この判決から学ぶ補修費の按分ルールと敷金返還の対処法


- 特別損耗の補修で通常損耗も回復する場合は費用を按分する必要がある
- 敷金返還義務の履行期は建物明渡時とされた意義を理解しておく
- 退去費用の精算書で通常損耗分が含まれている場合は減額を求められる


補修費の按分という考え方を知っていれば、退去費用の交渉で大きな武器になります。
ここでは、通常損耗分を除外する具体的な計算方法と、敷金返還のタイミングに関するルールを解説します。
特別損耗の補修で通常損耗も回復する場合は費用を按分する必要がある


まず、この判決が示した「費用の按分」という考え方を具体的に確認します。
たとえばクロスに借主の過失で傷をつけた場合、補修方法としてはその部分だけの補修ではなく壁一面の貼替えが必要になることがあります。
この場合、全面貼替え費用には特別損耗(借主の過失)を回復する部分と通常損耗(経年劣化)を回復する部分が混在しているため、通常損耗分の減価を差し引いて借主の負担額を計算すべきとされました。
裁判所は民法608条の有益費償還請求権にも言及し、全面貼替えを行う場合は借主が通常損耗相当額を請求できると示しています。





全面貼替えの費用を請求されたら、通常損耗分を差し引いた金額を確認しましょう。
民法第608条第1項:賃借人は、賃借物について賃貸人の負担に属する必要費を支出したときは、賃貸人に対し、直ちにその償還を請求することができる。
敷金返還義務の履行期は建物明渡時とされた意義を理解しておく


加えて、この判決は敷金返還のタイミングについても重要な判断を示しています。
原審(一審)は敷金返還義務の履行期を「清算完了時」としていましたが、大阪高裁は「建物明渡時」に改めました。
これは民法622条の2第1項が「賃貸物の返還を受けたとき」に敷金を返還すると定めていることに基づく判断であり、建物を明け渡した日から遅延損害金が発生することを意味します。
賃貸人が退去精算を遅らせている間も遅延損害金が蓄積されるため、借主にとっては有利な判断といえます。



敷金の返還が遅れている場合は、明渡日からの遅延損害金も請求できることを覚えておきましょう。
民法第622条の2第1項:賃貸人は、敷金(いかなる名目によるかを問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭をいう。)を受け取っている場合において、賃貸借が終了し、かつ、賃貸物の返還を受けたときは、賃借人に対し、その受け取った敷金の額から賃貸借に基づいて生じた賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務の額を控除した残額を返還しなければならない。
退去費用の精算書で通常損耗分が含まれている場合は減額を求められる


最後に、退去費用の精算書を受け取ったときの具体的な確認ポイントを解説します。
精算書にクロスやカーペットの全面貼替え費用が記載されている場合は、その費用が特別損耗部分のみの負担になっているか、それとも通常損耗分まで含まれているかを確認しましょう。
通常損耗分が含まれている場合は、この大阪高裁の判決を根拠に「耐用年数に基づく残存価値の範囲でしか負担しない」と主張できます。


通常損耗分の減額交渉をするためには、精算書の各項目について耐用年数と入居年数に基づく残存価値を計算しておくことが効果的です。



精算書の金額に納得できない場合は、ガイドラインの基準を示して交渉してみましょう。
民法第703条:法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う。
よくある質問
まとめ
この判決は、退去時の補修費用から通常損耗による減価部分を除外すべきという実務的な計算基準を示した重要な事例です。
クロスなどの全面貼替え費用を請求されたとしても、耐用年数と入居年数に基づく残存価値の範囲でしか借主は負担しなくてよいことを理解しておきましょう。
この記事のポイントを振り返ります。
- 大阪高裁は補修費から通常損耗の減価部分を除外して借主の負担額を計算すべきと判断した
- クロスの全面貼替えで通常損耗も回復される場合は費用を按分する必要がある
- クロスの耐用年数6年を超える入居なら残存価値はほぼゼロで借主負担も大幅軽減される
- 敷金返還義務の履行期は建物明渡時であり遅延した場合は遅延損害金も発生する
- 退去精算書で通常損耗分が含まれている場合は耐用年数を根拠に減額交渉できる


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