【少額訴訟とは】退去費用を減額する際の注意点

退去費用の請求額に納得できない場合、少額訴訟による解決方法があります。
少額訴訟は60万円以下の金銭請求に利用できる簡易的な裁判手続きです。
また、2020年の民法改正により原状回復義務の範囲が明確化されました。
さらに、国土交通省の原状回復ガイドラインに基づいた適正な退去費用を主張することが重要でしょう。
そこで本記事では、少額訴訟を活用した退去費用減額の方法と重要な注意点を詳しく解説いたします。

監修者
1982年にサレジオ学院高校を卒業後、中央大学法学部法律学科に進学し1987年に卒業。法曹界を志し、様々な社会経験を経た後、2016年に行政書士試験に合格。2017年4月に「綜合法務事務所君悦」を開業。法律知識と実務経験を活かし、国際業務を中心に寄り添ったサービスを提供している。
日本行政書士会連合会 神奈川県行政書士会所属
登録番号 第17090472号
少額訴訟制度の基本知識と法的根拠
少額訴訟は60万円以下の金銭請求について、迅速かつ低コストで解決を図る制度です。
ここでは少額訴訟制度の概要と、退去費用に関する法的根拠について詳しく解説していきます。
少額訴訟制度の概要と特徴
少額訴訟は平成10年に創設された簡易裁判所での特別な民事訴訟手続きです。
従来の民事訴訟では時間と費用がかかりすぎるため、少額の金銭トラブルを迅速に解決する目的で設けられました。
一方で、原則として1回の審理で判決が言い渡されるため、事前準備が極めて重要になります。

- 民事訴訟法第368条(少額訴訟の要件)
- 60万円以下の金銭の支払いを求める訴えが対象
- 簡易裁判所の管轄に属する事件に限定
- 民事訴訟法第370条(審理の方針)
- 1回の口頭弁論期日で審理を終結する原則
- 即時に取り調べることができる証拠に限定
- 民事訴訟法第377条(控訴の禁止)
- 少額訴訟の判決に対する控訴は禁止
- 異議申立てのみが可能(1回限り)

少額訴訟は迅速性を重視した制度ですが、その分制約も多い手続きです。控訴ができないため、1回の審理で勝敗が決まってしまいます。そのため、証拠の準備や法的主張の組み立てを事前にしっかりと行うことが不可欠です。また、相手方が通常訴訟への移行を申し出ると少額訴訟は終了するため、必ずしも迅速解決が保証されるわけではありません。
改正民法による原状回復義務の明確化
次に、2020年4月1日に施行された改正民法第621条により原状回復義務が明確に規定されました。


- 改正民法第621条(原状回復義務)
- 賃借人は賃借物を受け取った後に生じた損傷について原状回復義務を負う
- 通常の使用及び収益によって生じた損耗は対象外
- 賃借物の経年変化は対象外
- 国土交通省ガイドラインとの関係
- 平成10年3月に初版公表、平成23年8月に再改訂版公表
- 裁判例を踏まえた具体的な負担区分の明示
- 現在の民法規定の基礎となった考え方
したがって、賃借人は故意・過失・善管注意義務違反による損傷についてのみ原状回復義務を負うことになります。



改正民法の施行により、これまでガイドラインレベルだった原状回復の範囲が法律で明文化されました。これは入居者にとって非常に有利な改正です。ただし、2020年4月1日以降に締結された契約のみが対象で、それ以前の契約では従来通りガイドラインが参考となります。少額訴訟では、この法的根拠を明確に主張することが勝訴の鍵となります。
退去費用減額における少額訴訟の活用方法
少額訴訟は退去費用の過大請求に対する有効な対抗手段として活用できます。
一方、少額訴訟を活用した具体的な退去費用減額の方法について解説します。
少額訴訟が適用される退去費用の範囲
退去費用請求額が60万円以下の場合、少額訴訟での解決が可能です。
具体的には、以下のような退去費用トラブルで活用できます。
- クロス(壁紙)の全面張替え費用請求
- フローリングの全面交換費用請求
- 畳の表替え・新調費用請求
- エアコンクリーニング費用請求
- 専門業者によるハウスクリーニング費用請求
ただし、少額訴訟では金銭の支払いを求める請求のみが対象となります。



退去費用の請求額が60万円を超える場合は、通常の民事訴訟を検討する必要があります。ただし、実際の退去費用トラブルでは60万円以下のケースが大半を占めます。重要なのは、請求された費用の内訳を詳細に検討し、原状回復ガイドラインに基づく適正な負担額を算出することです。過大請求の部分について敷金返還請求として少額訴訟を活用しましょう。
原状回復ガイドラインに基づく主張のポイント
一方、少額訴訟で勝訴するためには、原状回復ガイドラインに基づく明確な主張が不可欠でしょう。
- 通常損耗・経年変化の明確化
- 日焼けによるクロスの変色
- 家具設置跡のカーペットのへこみ
- 電気焼けによる冷蔵庫後方の黒ずみ
- 借主負担となる損傷の限定
- 故意・過失による設備の破損
- タバコのヤニによる変色・臭い
- ペットによる柱等のキズ・臭い
- 減価償却による負担軽減
- クロス:法定耐用年数6年
- カーペット:法定耐用年数6年
- 設備・畳:入居年数に応じた負担軽減



少額訴訟では限られた時間内で主張を展開する必要があるため、事前準備が極めて重要です。原状回復ガイドラインの該当ページをコピーし、自分のケースに当てはまる部分をマーカーで示した資料を準備しましょう。また、入居時の写真や契約書、退去時の見積書なども証拠として整理しておくことが勝訴の決め手となります。感情的にならず、法的根拠に基づいた冷静な主張を心がけてください。
少額訴訟の手続きの流れと必要書類
少額訴訟の手続きは通常の民事訴訟より簡素化されていますが、適切な準備が不可欠です。
ここでは、申立てから判決まで の具体的な流れと、各段階で必要となる書類について詳しく説明いたします。
申立書類の準備と提出
- 被告の住所地を管轄する簡易裁判所への申立て
- 少額訴訟訴状の作成(裁判所に書式あり)
- 収入印紙(請求額に応じて1,000円〜6,000円)
- 予納郵券(3,000円〜5,000円程度)



訴状の記載は正確性が重要で、請求の趣旨と原因を明確に記載する必要があります。裁判所には記載例が備え付けられているので、それを参考に作成しましょう。また、被告が法人の場合は代表者の氏名も正確に記載する必要があります。訴状の補正を求められると手続きが遅れるため、提出前に記載内容を十分確認してください。
証拠書類の整理と準備
- 賃貸借契約書の原本またはコピー
- 敷金預かり証・振込明細書
- 退去費用請求書・見積書
- 入居時・退去時の写真(日付入り)
- 原状回復ガイドライン関連資料



証拠書類は1回の審理で全て提出する必要があるため、事前の整理が極めて重要です。写真は日付が分かるものを準備し、経年劣化の状況が明確に分かるアングルで撮影してください。また、管理会社とのやり取りがある場合は、メールや手紙のコピーも有力な証拠となります。証拠の番号を振り、証拠説明書を作成しておくと審理がスムーズに進みます。
審理当日の対応
最後に、少額訴訟の審理当日の流れと対応方法をご紹介します。
- 審理時間は30分〜2時間程度
被告の出席状況により大幅に変動
和解交渉が行われる場合もある - 即日判決の言い渡し
原則として審理終了後すぐに判決
控訴期間なく2週間後に確定 - 判決後の強制執行
少額訴訟債権執行が利用可能
給料・預金債権の差押えが簡便



審理当日は時間が限られているため、要点を整理した主張メモを準備しておくことをお勧めします。感情的にならず、法的根拠に基づいた冷静な主張を心がけてください。また、和解の提案がある場合は、その場で判断する必要があるため、事前に最低限受け入れ可能な条件を決めておきましょう。勝訴の場合は仮執行宣言付き判決となるため、迅速な債権回収が可能です。
少額訴訟における重要な注意点とデメリット
少額訴訟には迅速解決というメリットがある一方で、重大なデメリットと法的制約も存在します。
そのため、申立てを行う前に、これらのリスクを十分理解することが不可欠です。
控訴禁止による判決確定のリスク
まず、少額訴訟の最大のデメリットは控訴が禁止されていることです。
- 民事訴訟法第377条による控訴禁止
- 異議申立ては1回のみ可能
- 敗訴時のリカバリーが困難
- 準備不足による不利な判決のリスク
被告による通常訴訟移行申出のリスク
- 被告の移行申出に制限なし
- 迅速解決の目的が挫折
- 弁護士費用等の追加負担発生
- 審理期間の大幅延長



少額訴訟は「一発勝負」の側面が強い制度です。敗訴した場合、異議申立てをしても必ずしも判決が覆るとは限らず、さらに不利な結果になる可能性もあります。そのため、勝算が低い事案や証拠が不十分な場合は、最初から通常訴訟を選択することも検討すべきです。訴訟提起前に無料相談などを活用し、客観的な勝訴可能性を判断してもらうことをお勧めします。
- 利用回数の制限
- 同一簡易裁判所で年間10回まで
- 申立時に利用回数の届出が必要
- 反訴の禁止
- 被告から原告への訴え返し不可
- 複雑な法的関係には不適合
- 金銭請求以外は対象外
- 建物明渡し請求は不可
- 損害賠償請求は金銭換算により可能



被告が通常訴訟への移行を申し出る理由の多くは、時間稼ぎや心理的プレッシャーをかけることです。特に管理会社や大家が被告の場合、弁護士を立てて通常訴訟に移行させるケースが多く見られます。この場合、こちらも弁護士に依頼せざるを得なくなり、費用対効果が悪化する可能性があります。事前に相手方の対応パターンを予想し、通常訴訟になった場合のことも考えておきましょう。
事前準備とトラブル予防策
少額訴訟に至る前の事前準備と予防策が、トラブル解決の成功率を大きく左右します。
そのため、入居時からの適切な対応と、紛争化前の交渉手法について詳しく解説いたします。
入居時の記録保存と退去時の準備
まず、退去時のトラブルを防ぐため、入居時から以下の記録を保存します。
- 入居時の部屋の状況を詳細に撮影
- 既存の傷・汚れ・設備不良の記録
- 賃貸借契約書・重要事項説明書の保管
- 管理会社・大家との連絡記録



入居時の記録は少額訴訟での最重要証拠となります。特に、既存の傷や汚れについては、管理会社立会いのもとで確認し、書面で記録を残すことが重要です。スマートフォンの写真には自動的に日時が記録されるため、客観的な証拠として有効です。また、退去時も同様の方法で記録を残し、入居時との比較が明確にできるよう準備しましょう。
訴訟前の交渉方法
- 原状回復ガイドラインに基づく書面での反論
- 内容証明郵便による意思表示
- 消費生活センターへの相談
- 民事調停の活用検討



少額訴訟は最後の手段として位置づけ、まずは丁寧な交渉を試みることが重要です。内容証明郵便で法的根拠を明示した反論書を送付すると、相手方が譲歩するケースが多く見られます。また、消費生活センターは中立的な立場でアドバイスを提供してくれるため、有効活用しましょう。民事調停は少額訴訟より時間はかかりますが、双方の合意による柔軟な解決が期待できます。段階的なアプローチで解決を図りましょう。
まとめ


本記事で解説した知識を活用することで、少額訴訟による退去費用減額が効果的に行えます。
まず、重要なポイントを再確認し、自分の状況に応じて適切な対応を選択してください。
少額訴訟は60万円以下の退去費用請求に対する有効な対抗手段です。
一方で、控訴禁止や通常訴訟移行のリスクなど、重大なデメリットも存在します。
また、2020年改正民法と原状回復ガイドラインに基づく法的主張が勝訴の必須要件となります。
事前の証拠保全と適切な交渉により、多くのトラブルは訴訟前に解決できます。
そのため、感情的にならず、法的根拠に基づいた冷静な対応を心がけることが重要です。
最後に、必要に応じて専門家のサポートを活用し、適正な退去費用の実現に努めましょう。
- 少額訴訟は60万円以下の金銭請求に有効
- 控訴禁止による一発勝負のリスク
- 改正民法と原状回復ガイドラインが法的根拠
- 事前の証拠保全と記録が勝敗を分ける
- 訴訟前交渉での解決を優先検討
- 専門家への相談による客観的判断

