
通常損耗の原状回復と殺人事件の損害賠償を求めた賃貸人の請求が棄却された事例を解説
退去時に「通常の使用による損耗も含めて原状回復費用を負担してほしい」と管理会社から請求されたことはありませんか。
本記事で紹介するのは、東京高等裁判所が平成31年3月14日に下した判決(RETIO NO.116)です。
この裁判では、賃貸人が通常損耗を含む原状回復費用と、10年以上前に貸室内で発生した殺人事件に関連する損害賠償を賃借人に請求したことが争点となりました。
裁判所は賃貸人の請求をいずれも棄却し、賃借人が求めた保証金の返還を一部認容しました。

監修者
1982年にサレジオ学院高校を卒業後、中央大学法学部法律学科に進学し1987年に卒業。法曹界を志し、様々な社会経験を経た後、2016年に行政書士試験に合格。2017年4月に「綜合法務事務所君悦」を開業。法律知識と実務経験を活かし、国際業務を中心に寄り添ったサービスを提供している。
日本行政書士会連合会 神奈川県行政書士会所属
登録番号 第17090472号
東京高裁が示した通常損耗の原状回復費用と損害賠償の判断

- 集合住宅の賃貸借契約で退去後に賃貸人が原状回復費用と損害賠償を請求した経緯
- 裁判所は通常損耗の原状回復費用と殺人事件の損害賠償をいずれも棄却した
- クロスの耐用年数6年と残存価値の計算方法を把握しておくことが重要になる

退去後に高額な原状回復費用を請求されて「本当に支払う義務があるのか」と不安を感じていませんか。
この東京高裁の判決は、通常損耗の原状回復費用に加え、10年以上前の殺人事件を理由とした損害賠償まで求めた賃貸人の請求がすべて退けられた事例です。
集合住宅の賃貸借契約で退去後に賃貸人が原状回復費用と損害賠償を請求した経緯

まず、この裁判の背景として、人材派遣業等を行う賃貸人Yが所有する集合住宅の居室を、賃借人Xが平成9年1月1日から15年間の契約で賃借していました。
契約期間中に賃貸人Yの従業員による殺人事件が貸室内で発生し、事件から10年以上が経過した後に賃貸借契約が終了しました。
退去後、賃貸人Yは賃借人Xに対して通常損耗を含む原状回復費用と殺人事件による損害賠償を請求しました。
これに対し賃借人Xは原状回復費用の支払いを拒否するとともに、保証金の返還を求める反訴を提起しました。
ゲン賃貸人が通常損耗の原状回復と事件の損害賠償を同時に請求した珍しい事例です。
民法第601条:賃貸借は、当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うこと及び引渡しを受けた物を契約が終了したときに返還することを約することによって、その効力を生ずる。
裁判所は通常損耗の原状回復費用と殺人事件の損害賠償をいずれも棄却した


次に、裁判所が各請求についてどのように判断したかを整理します。
通常損耗の原状回復費用については、契約書に通常損耗を賃借人の負担とする具体的な条項がなく、賃借人が通常損耗の原状回復義務を負うとの合意は成立していないと判断されました。
殺人事件に関連する損害賠償についても、事件発生から10年以上が経過しており、入居希望者への心理的な影響は大幅に低減しているとして請求は棄却されました。
一方、賃借人Xが求めた保証金の返還については一部が認容され、裁判所は賃貸人に保証金の一部を返還するよう命じました。



通常損耗の原状回復も殺人事件の損害賠償も認められず、賃借人の保証金返還が認容された結果です。
民法第621条:賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に回復する義務を負う。
クロスの耐用年数6年と残存価値の計算方法を把握しておくことが重要になる



クロス・カーペット・クッションフロア等の耐用年数は6年です。要は入居期間が6年以上であれば、原状回復費用は発生しない(0円)ということになります。
さらに、この判決の争点となった通常損耗について、国土交通省のガイドラインではクロス(壁紙)の耐用年数を6年と定めています。
定額法による計算では、入居1年目の残存価値は約83%、3年目で約50%、6年目以降はほぼ1円となるため、入居期間が長いほど借主が負担すべき金額は少なくなります。
この事例のように15年間入居した場合、クロスの残存価値は1円となり借主の負担額はほぼゼロになります。



入居年数ごとの残存価値を計算ツールで確認しておくと退去時の交渉に役立ちます。
民法第622条の2第1項:賃貸人は、敷金(いかなる名目によるかを問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭をいう。)を受け取っている場合において、賃貸借が終了し、かつ、賃貸物の返還を受けたときは、賃借人に対し、その受け取った敷金の額から賃貸借に基づいて生じた賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務の額を控除した残額を返還しなければならない。
この判決から学ぶ保証金返還のルールと退去費用への対処法


- 通常損耗の原状回復を借主に負担させるには契約書への具体的な明記が必要になる
- 心理的瑕疵による損害賠償は事件発生からの年数経過で認められにくくなる
- 退去費用を不当に請求されたときは専門家に相談して交渉を進められる


判決の法的な根拠を理解したうえで、退去費用を不当に請求されたときにどう対応すればよいか知りたい方も多いでしょう。
ここでは、通常損耗の原状回復特約の成立条件と心理的瑕疵の法的な取り扱い、そして具体的な対処法を解説します。
通常損耗の原状回復を借主に負担させるには契約書への具体的な明記が必要になる


まず、この東京高裁の判決が通常損耗の原状回復費用を棄却した法的根拠を確認します。
最高裁判所は平成17年12月16日の判決で、通常損耗の原状回復義務を借主に負わせるためには「契約書に具体的に明記されているか」または「口頭で説明し借主が明確に合意していること」が必要と判示しています。
この東京高裁の事例でも、契約書には通常損耗を賃借人の負担とする具体的な条項が存在せず、最高裁判決の基準に照らして合意は成立していないとされました。
通常の使用で生じた損耗は原則として貸主が負担すべきであり、借主に費用を転嫁するには明確な合意が不可欠です。





契約書に通常損耗の範囲が具体的に書かれていなければ、借主は費用を負担する必要はありません。
民法第90条:公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。
心理的瑕疵による損害賠償は事件発生からの年数経過で認められにくくなる


加えて、この判決では殺人事件を理由とする損害賠償請求についても重要な判断が示されました。
賃貸物件内で殺人事件が発生した場合、その物件には「心理的瑕疵(かし)」があるとされ、入居希望者が減ることで貸主に経済的な損害が生じる可能性があります。
しかし裁判所は、事件発生から10年以上が経過しており心理的な影響は大幅に低減していると判断し、損害賠償請求を棄却しました。
心理的瑕疵は時間の経過とともに影響が薄れるものであり、発生から長期間が経過した事件を根拠に損害賠償を請求することは困難とされています。



心理的瑕疵の影響は永続するものではなく、年数の経過で法的な評価も変わります。
民法第415条第1項:債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
退去費用を不当に請求されたときは専門家に相談して交渉を進められる


最後に、退去費用が不当に高いと感じたときの具体的な対処法を解説します。
まずは管理会社に「通常損耗に該当する項目の内訳と根拠を書面で示してほしい」と伝えることが第一歩です。
交渉で解決しない場合は、弁護士や認定司法書士に相談するか、60万円以下であれば簡易裁判所の少額訴訟制度を利用する方法もあります。


不当に支払った費用は不当利得として返還を求められるため、泣き寝入りする必要はありません。



専門家に相談すれば、不当な請求額を減額できるケースは少なくありません。
民法第703条:法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う。
よくある質問
まとめ
この判決は、通常損耗の原状回復費用と殺人事件の損害賠償を求めた賃貸人の請求がすべて退けられた重要な先例です。
退去時に高額な原状回復費用を請求された場合は、まず「通常損耗に該当するか」「契約書に具体的な定めがあるか」を確認することが重要です。
この記事のポイントを振り返ります。
- 東京高裁は通常損耗の原状回復費用と殺人事件の損害賠償請求をいずれも棄却した
- 通常損耗の原状回復を借主に負わせるには契約書への具体的な明記が必要になる
- 心理的瑕疵による損害賠償は事件発生から10年以上経過すると認められにくくなる
- クロスの耐用年数は6年で15年以上入居なら借主負担はほぼゼロになる
- 不当な請求には書面での交渉や専門家への相談で対処できる


- 敷金ドットコムは、情報提供を目的としたサイトです。行政書士が記事の監修および執筆を行っておりますが、根本的な問題やトラブルの解決を目的としたものではありません。トラブルの解決については、弁護士または認定司法書士にご相談ください。











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