
補修を怠った貸主に対する敷金返還等の請求が認められた事例【東京簡裁 平16.7.5判決】
入居前に貸主が約束した補修工事が行われなかった場合、契約を解除して敷金を取り戻すことはできるのでしょうか。
本記事で紹介するのは、東京簡易裁判所が平成16年7月5日に下した判決(RETIO 61号)です。
この裁判では、貸主が約束した水回り等の補修工事を行わなかったため、賃借人が契約を解除し、敷金や礼金等の返還を求めたことが争点となりました。
裁判所は賃借人の契約解除を有効と認め、貸主に対して敷金等の返還を命じました。

監修者
1982年にサレジオ学院高校を卒業後、中央大学法学部法律学科に進学し1987年に卒業。法曹界を志し、様々な社会経験を経た後、2016年に行政書士試験に合格。2017年4月に「綜合法務事務所君悦」を開業。法律知識と実務経験を活かし、国際業務を中心に寄り添ったサービスを提供している。
日本行政書士会連合会 神奈川県行政書士会所属
登録番号 第17090472号
東京簡裁が示した補修義務不履行による敷金返還と契約解除の判断

- 貸主が約束した補修工事を行わず賃借人が契約解除を求めた経緯
- 裁判所は契約解除を有効と認め敷金等の返還を命じた
- 耐用年数と残存価値の計算方法を把握しておくことが重要になる

「貸主が修理を約束したのに対応してくれない」というトラブルは少なくありません。
この東京簡裁の判決は、貸主が補修義務を怠った場合に賃借人が契約を解除し、敷金等の返還を受けられることを示した重要な先例です。
貸主が約束した補修工事を行わず賃借人が契約解除を求めた経緯

まず、この裁判の背景を整理します。
賃借人Xは平成15年6月28日に貸主Yとの間でアパート3戸分の賃貸借契約を締結し、礼金5万円、敷金10万5000円、賃料・共益費等を支払いました。
契約に際して貸主Yは、アパートの水回り等の補修工事を入居前に行うことを約束していました。
しかしYは補修工事を一切行わず、さらに修繕費用の半分をXに負担させようとしたため、Xは本件アパートに入居することができませんでした。
Xは平成15年6月30日にYに対して本件契約の解除を通知するとともに、支払い済みの敷金26万1300円の返還を求めました。
これに対しYは「一旦授受された家賃等は返還をしない」旨の契約条項を根拠に返還を拒否しました。
ゲン貸主が約束した補修を行わなかったことが、この裁判の出発点です。
民法第606条第1項:賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う。ただし、賃借人の責めに帰すべき事由によってその修繕が必要となったときは、この限りでない。
裁判所は契約解除を有効と認め敷金等の返還を命じた


次に、裁判所の判断内容を確認します。
裁判所はまず、Yが補修義務を果たさなかったことは事実であり、Xが本件アパートに入居できなかったことは確認できるとしました。
また、Xは消費者契約法上の「消費者」に該当し、Yは「事業者」に該当するため、本件契約は消費者契約であると認定しました。
裁判所は、Yが補修義務を怠ったことにより賃貸物件を使用できる状態で引き渡す義務を果たしていないとして、Xの契約解除を有効と認め、敷金等の返還を命じました。
Yが主張した「一旦授受された家賃等は返還しない」という契約条項については、貸主側の債務不履行による解除の場合には適用されないとしました。
ただし、Xが解約届を提出してから退去までの期間に対応する賃料相当額については、Xが負担すべきと判断されました。



貸主の債務不履行が原因の解除では「返還しない」条項は適用されないことがポイントです。
民法第541条:当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる。
耐用年数と残存価値の計算方法を把握しておくことが重要になる



クロス・カーペット・クッションフロア等の耐用年数は6年です。要は入居期間が6年以上であれば、原状回復費用は発生しない(0円)ということになります。
さらに、本件のような補修義務のトラブルとは別に、通常の退去時にかかる原状回復費用についても理解しておくことが重要です。
クロス(壁紙)の耐用年数は6年と定められており、入居年数に応じて借主が負担すべき残存価値は低下していきます。
本件のように入居前に退去したケースでは、賃借物を使用していないため通常損耗による原状回復費用は発生せず、敷金は原則として全額返還の対象となります。
一方、長期間入居した後に退去する場合は、耐用年数に基づく残存価値の計算が借主の負担額を左右する重要な要素になります。



使用していない物件に対しては原状回復費用は発生しないのが原則です。
民法第621条:賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に回復する義務を負う。
この判決から学ぶ貸主の修繕義務と敷金返還の対処法


- 貸主の修繕義務は法律で定められた重要な義務である
- 貸主の債務不履行による解除では借主に不利な条項は適用されない
- 修繕トラブルの際は証拠を残しながら段階的に対処する


判決の要点を理解したうえで、貸主の修繕義務の範囲と敷金を取り戻すための具体的な方法を確認しましょう。
ここでは、修繕義務の法的根拠、債務不履行と契約条項の関係、そして修繕トラブルへの対処法を解説します。
貸主の修繕義務は法律で定められた重要な義務である


まず、貸主の修繕義務について法的な位置づけを確認します。
民法第606条第1項は、賃貸人が賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負うと定めています。
本件では、Yが契約時に水回り等の補修を約束していたにもかかわらず工事を行わず、さらに費用の半分を借主に負担させようとしました。
貸主が修繕義務を果たさないことは民法上の債務不履行にあたり、借主は催告のうえ契約を解除する権利を有します。
この修繕義務は契約書に明記されていなくても法律上当然に発生するものであり、特約で免除することには限界があります。





貸主の修繕義務は法律で定められた義務であり、契約書に書かれていなくても有効です。
民法第415条第1項:債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
貸主の債務不履行による解除では借主に不利な条項は適用されない


加えて、本判決が示した「返還しない」条項の適用範囲について理解しておきましょう。
Yは「一旦授受された家賃等は一切返還しない」という契約条項を根拠に敷金の返還を拒否しました。
しかし裁判所は、この条項は借主側の都合による解約を想定したものであり、貸主の債務不履行が原因で解除される場合には適用されないとしました。
貸主に帰責事由がある契約解除の場合、借主に不利な条項は信義則に照らして適用が制限されるという考え方は、退去費用のトラブル全般に共通する重要な原則です。
契約書に「返金不可」と記載があっても、貸主の落ち度がある場合には返還が認められることがあります。



「返金不可」の条項があっても、貸主に原因がある場合は返還を求められる場合があります。
民法第545条第1項:当事者の一方がその解除権を行使したときは、各当事者は、その相手方を原状に復させる義務を負う。ただし、第三者の権利を害することはできない。
修繕トラブルの際は証拠を残しながら段階的に対処する


最後に、貸主が修繕義務を果たさない場合の具体的な対処法を確認します。
まずは貸主または管理会社に対して、修繕を求める旨を書面(内容証明郵便が望ましい)で通知し、相当の期間を定めて催告しましょう。
修繕の要請と経緯を記録に残しておくことが、後の交渉や訴訟で有力な証拠になります。
催告期間内に修繕が行われない場合は、契約の解除と敷金等の返還を書面で請求しましょう。
貸主が返還に応じない場合は、消費者センターへの相談や少額訴訟の利用を検討することで、敷金の返還を実現できるケースがあります。





書面での通知や証拠の保全を徹底し、段階的に対処を進めましょう。
民法第622条の2:賃貸人は、敷金を受け取っている場合において、賃貸借が終了し、かつ、賃貸物の返還を受けたとき又は賃借人が適法に賃借権を譲り渡したときは、その受け取った敷金の額から賃貸借に基づいて生じた賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務の額を控除した残額を返還しなければならない。
よくある質問
まとめ
この判決は、貸主が約束した補修義務を果たさない場合、借主は契約を解除して敷金や礼金の返還を受けることができることを明確に示した先例です。
修繕トラブルに直面した場合は、催告と証拠保全を徹底し、段階的に対処を進めることが重要です。
この記事のポイントを振り返ります。
- 貸主が補修義務を果たさなかった場合は債務不履行として契約解除が認められる
- 貸主の債務不履行による解除では「返金不可」条項は適用されない
- 入居前の退去では原状回復費用は発生せず敷金は原則全額返還となる
- 修繕を求める際は書面で催告し証拠を残すことが重要
- 敷金が返還されない場合は消費者センターや少額訴訟の利用が有効


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