
小規模事務所でも国交省ガイドラインは適用されないとした事例【東京地裁 令4.6.24判決】
小規模な事務所の退去時に「居住用と同じガイドラインが適用されるはず」と主張しても、裁判所に認められないケースがあることをご存じでしょうか。
本記事で紹介するのは、東京地方裁判所が令和4年6月24日に下した判決(RETIO 133号)です。
この裁判では、小規模事務所の賃借人が「国土交通省のガイドラインが適用されるべき」として敷金約165万円の全額返還を求めたことが争点となりました。
裁判所は賃借人の主張を否定し、事業用の賃貸借には居住用のガイドラインが直接適用されないとして、特約に基づく原状回復費用の負担を認めました。

監修者
1982年にサレジオ学院高校を卒業後、中央大学法学部法律学科に進学し1987年に卒業。法曹界を志し、様々な社会経験を経た後、2016年に行政書士試験に合格。2017年4月に「綜合法務事務所君悦」を開業。法律知識と実務経験を活かし、国際業務を中心に寄り添ったサービスを提供している。
日本行政書士会連合会 神奈川県行政書士会所属
登録番号 第17090472号
東京地裁が示した事業用賃貸借と原状回復ガイドラインの適用範囲

- 小規模事務所の賃借人が国交省ガイドラインの適用を主張した経緯
- 裁判所は事業用賃貸借にガイドラインは直接適用されないと判断した
- 耐用年数と残存価値の計算方法を把握しておくことが重要になる

「事務所が小さいから居住用と同じルールが適用される」と考えていませんか。
この東京地裁の判決は、小規模事務所であっても事業用賃貸借として扱われ、国交省ガイドラインが直接適用されないことを示した重要な先例です。
小規模事務所の賃借人が国交省ガイドラインの適用を主張した経緯

まず、この裁判の背景を確認します。
賃借人X(法人)は賃貸人Y(不動産会社)との間で、東京都内のビル2階にある床面積78.65平方メートルの一室を事務所として賃借していました。
契約期間は平成28年9月1日から平成30年8月31日まで、月額賃料は275,926円(税別)、敷金は1,655,556円でした。
Xは令和2年2月に解約を申し入れ、同年8月31日付で退去しましたが、敷金約165万円が返還されなかったため、全額返還を求めて提訴しました。
Xの主張は「小規模事務所は居住用の賃貸借と同様に扱われるべきであり、国土交通省のガイドラインや消費者契約法が適用されるため、通常損耗の原状回復費用は貸主が負担すべき」というものです。
一方、Yは契約書の特約条項(第19条)に基づき、壁・天井の塗装や室内の清掃等の原状回復費用として敷金を控除したと反論しました。
ゲン事業用の賃貸借でも居住用と同じルールが適用されるかどうかが最大の争点でした。
民法第621条:賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に回復する義務を負う。
裁判所は事業用賃貸借にガイドラインは直接適用されないと判断した


次に、裁判所の判断内容を確認します。
裁判所は、本件の賃貸借契約は事業用であり、国土交通省のガイドラインは主として居住用の建物賃貸借を対象としているため、事業用の賃貸借に直接適用されるものではないと判示しました。
また、賃借人Xは法人であり消費者ではないことから、消費者契約法の適用もないとされました。
裁判所は契約書の特約条項を有効と認め、壁・天井の塗装費用やクリーニング費用等を含む原状回復費用を賃借人が負担すべきとして、敷金返還請求を棄却しました。
特約の有効性について裁判所は、賃貸借契約書に具体的な原状回復義務の内容が明記されており、賃料や敷金など本件賃貸借契約の内容に照らして合理性が認められるとしています。
事業用の賃貸借では、居住用と異なり特約の有効性が広く認められる傾向にあることがこの判決からも確認できます。



事業用の賃貸借では居住用より特約が有効と認められやすい点に注意が必要です。
民法第606条第1項:賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う。ただし、賃借人の責めに帰すべき事由によってその修繕が必要となったときは、この限りでない。
耐用年数と残存価値の計算方法を把握しておくことが重要になる



クロス・カーペット・クッションフロア等の耐用年数は6年です。要は入居期間が6年以上であれば、原状回復費用は発生しない(0円)ということになります。
さらに、事業用賃貸借であっても、原状回復費用の算定において耐用年数の考え方は参考になります。
本件の場合、賃借人Xは約4年間入居していたため、クロス(壁紙)の耐用年数6年に照らすと残存価値は約33%まで低下しています。
事業用の賃貸借ではガイドラインが直接適用されない一方で、原状回復費用の交渉時にガイドラインの耐用年数を参考資料として提示することは有効な手段になり得ます。
ただし、事業用の特約で壁・天井の「塗装」が義務付けられている場合、通常損耗の減価とは別に塗装費用の全額負担を求められる可能性がある点には注意が必要です。



事業用でもガイドラインの耐用年数は交渉材料として活用できる場合があります。
民法第400条:債権の目的が特定物の引渡しであるときは、債務者は、その引渡しをするまで、契約その他の債権の発生原因及び取引上の社会通念に照らして定まる善良な管理者の注意をもって、その物を保存しなければならない。
この判決から学ぶ事業用賃貸借の原状回復ルールと対処法


- 居住用と事業用では原状回復のルールが大きく異なる
- 事業用の特約は最高裁基準でも広く有効と認められる傾向がある
- 事業用賃貸借でも退去費用を減額できる交渉ポイントがある


判決の要点を踏まえ、居住用と事業用の違いや事業用でも活用できる交渉ポイントを確認しましょう。
ここでは、ガイドラインの適用範囲の違い、特約の有効性に関する考え方、そして事業用でも使える具体的な対処法を解説します。
居住用と事業用では原状回復のルールが大きく異なる


まず、居住用と事業用の原状回復ルールの違いを整理します。
居住用の賃貸借では、国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」が広く参照され、通常損耗は原則として貸主負担とされます。
一方、事業用の賃貸借ではこのガイドラインが直接適用されず、契約書の特約条項がより強い拘束力を持つことが本判決でも確認されました。
事業用の賃貸借では、賃借人は法人として契約交渉力を持つことが前提とされるため、居住用の消費者保護ルールが適用されにくい傾向があります。
小規模事務所であっても契約の目的が事業用である以上、この点は変わらないことが本判決のポイントです。





事務所として契約している場合は、居住用とは異なるルールが適用される点を理解しておきましょう。
民法第90条:公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。
事業用の特約は最高裁基準でも広く有効と認められる傾向がある


加えて、事業用賃貸借における特約の有効性について、最高裁の判断基準との関係を確認します。
最高裁平成17年12月16日判決では、通常損耗の原状回復義務を借主に負わせるためには「契約書に具体的に明記」されているか「口頭で説明し借主が明確に合意している」ことが必要とされています。
本件では契約書の第19条に「賃室内損耗・汚損及び明渡を措置し、壁及び天井の塗装変色については仕上げの塗装をする」と具体的に記載されていたため、最高裁基準を満たすと判断されました。
事業用の賃貸借では、賃料や敷金の額が高く設定されており、原状回復費用が予め織り込まれていると解釈されるため、特約の合理性が認められやすくなります。
そのため、事業用の物件を契約する際は、契約書の原状回復条項を入念に確認し、不明な点は契約前に交渉することが重要です。



契約前に特約の内容を確認し、納得できない条項は交渉で修正を求めましょう。
民法第622条の2:賃貸人は、敷金を受け取っている場合において、賃貸借が終了し、かつ、賃貸物の返還を受けたとき又は賃借人が適法に賃借権を譲り渡したときは、その受け取った敷金の額から賃貸借に基づいて生じた賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務の額を控除した残額を返還しなければならない。
事業用賃貸借でも退去費用を減額できる交渉ポイントがある


最後に、事業用の賃貸借でも退去費用を減額するための具体的なポイントを確認します。
まず、特約で定められた原状回復工事の範囲が契約書に明記されているかを確認しましょう。
特約の範囲を超える費用を請求された場合は、契約書を根拠に超過分の返還を求めることができます。
また、原状回復工事の見積もりが相場より著しく高額な場合は、複数の業者から見積もりを取り、適正価格を確認して交渉するのが効果的です。
事業用であっても、特約に定められていない費用項目や相場を大きく超える金額については、減額交渉の余地が十分にあります。





事業用の退去費用でも、見積もりの妥当性を確認し、適正な範囲に抑える交渉を行いましょう。
民法第1条第2項:権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。
よくある質問
まとめ
この判決は、小規模事務所であっても事業用の賃貸借には国交省ガイドラインが直接適用されず、契約書の特約に基づく原状回復費用の負担が有効であることを明確に示した先例です。
事業用の物件を借りる際は、契約前に原状回復条項を十分に確認し、退去時の費用負担を予測しておくことが重要です。
この記事のポイントを振り返ります。
- 国交省ガイドラインは居住用が対象であり事業用には直接適用されない
- 事業用賃貸借では契約書の特約が広く有効と認められる
- 法人の賃借人には消費者契約法は適用されない
- 事業用でもガイドラインの耐用年数は交渉の参考資料として活用できる
- 特約の範囲を超える費用や相場より高額な請求には減額交渉の余地がある


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