
老朽化を理由に退去しても原状回復義務は免除されないとした事例【東京地裁 平29.11.28判決】
退去時に「建物が古いから原状回復する必要はない」と考えて手続きを怠ると、高額な違約金を請求されるリスクがあることをご存じでしょうか。
本記事で紹介するのは、東京地方裁判所が平成29年11月28日に下した判決(RETIO 117号)です。
この裁判では、店舗の賃借人が建物の老朽化と耐震性能不足を理由に賃貸借契約の終了を主張し、保証金の全額返還を求めたことが争点となりました。
裁判所は賃借人の契約終了の主張を退け、原状回復義務を果たさずに退去したことによる違約金等の支払いを命じました。

監修者
1982年にサレジオ学院高校を卒業後、中央大学法学部法律学科に進学し1987年に卒業。法曹界を志し、様々な社会経験を経た後、2016年に行政書士試験に合格。2017年4月に「綜合法務事務所君悦」を開業。法律知識と実務経験を活かし、国際業務を中心に寄り添ったサービスを提供している。
日本行政書士会連合会 神奈川県行政書士会所属
登録番号 第17090472号
東京地裁が示した老朽化建物の退去と原状回復費用の負担

- 店舗の賃借人が建物の老朽化と耐震不足を理由に退去した経緯
- 裁判所は契約終了の主張を否定し賃借人に違約金の支払いを命じた
- 耐用年数と残存価値の計算方法を把握しておくことが重要になる

「建物が古いのだから原状回復は不要」と自己判断で退去すると、思わぬ費用負担が発生することがあります。
この東京地裁の判決は、建物の老朽化を理由にした一方的な契約終了は認められず、原状回復義務や違約金が発生することを示した重要な先例です。
店舗の賃借人が建物の老朽化と耐震不足を理由に退去した経緯

まず、この裁判の背景を整理します。
東京都内に所在する昭和35年築の3階建て建物の1階・2階部分を、賃借人Xが平成12年1月から飲食店として賃借していました。
保証金は3025万4000円、月額賃料は202万7632円という契約内容で、数回にわたり契約が更新されていました。
平成24年1月にXが営業を休止し、建物の調査を実施したところ、2階部分の壁のクラックや外壁タイル・モルタルの浮き、3階サッシの腐食など複数の劣化箇所が発見されました。
Xはこれらの調査結果を根拠に「建物の耐震性能が不足しており、店舗としての使用が不可能になった」として、賃貸借契約が当然に終了したと主張し、保証金の全額返還を求めて提訴しました。
一方、賃貸人Yは、Xが原状回復を行わずに退去したことによる損害賠償と未払い賃料の支払いを反訴で求めました。
ゲン建物が古いからといって、一方的に退去すれば済むわけではないことがポイントです。
民法第611条第1項:賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合において、それが賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、賃料は、その使用及び収益をすることができなくなった部分の割合に応じて、減額される。
裁判所は契約終了の主張を否定し賃借人に違約金の支払いを命じた


次に、裁判所がどのような判断を下したかを確認します。
裁判所は、建物の老朽化や耐震性能不足があったとしても、建物が直ちに使用不可能な状態であったとは認められないとして、Xの「賃貸借契約が当然に終了した」という主張を退けました。
Xが行った建物の調査は各事業者が行ったものであるが、これらの事業は建物解体を前提とした調査であると認められず、各種不具合の存在が直ちに使用不可能を意味するわけではないと判断されました。
裁判所はXの賃貸借契約終了の主張を全面的に否定し、Xが原状回復を行わずに退去したことに伴う違約金等として約1305万円の支払いを命じました。
さらに、Xの解約手続きが契約上の予告期間を満たしていなかったため、予告期間満了までの未払い賃料の支払い義務も認められました。
一方、保証金からの控除後の残額については賃貸人Yに返還義務があるとして、Xの保証金返還請求の一部が認容されました。



建物の不具合があっても、賃貸借契約が当然に終了するわけではない点に注意しましょう。
民法第621条:賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に回復する義務を負う。
耐用年数と残存価値の計算方法を把握しておくことが重要になる



クロス・カーペット・クッションフロア等の耐用年数は6年です。要は入居期間が6年以上であれば、原状回復費用は発生しない(0円)ということになります。
さらに、この判決で問題となった原状回復費用の算定には、国土交通省のガイドラインで定められた耐用年数が重要な指標となります。
本件のような店舗・飲食店の内装であっても、クロス(壁紙)の耐用年数は6年と定められており、定額法による計算では入居3年目で残存価値は約50%、6年目以降はほぼ1円まで下がります。
本件の賃借人は約17年間にわたって賃借していたため、クロスなどの内装材については耐用年数を大幅に超過しており、その部分の原状回復費用は大きく減額される計算になります。
ただし、本件で問題となった原状回復は通常損耗の回復ではなく、賃借人が行った造作の撤去や特別な改装部分の復旧であったため、耐用年数による減額とは異なる算定がなされました。



耐用年数による減額が適用されるかどうかは、損耗の種類によって異なることを覚えておきましょう。
民法第606条第1項:賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う。ただし、賃借人の責めに帰すべき事由によってその修繕が必要となったときは、この限りでない。
この判決から学ぶ中途解約と原状回復の注意点


- 建物の老朽化だけでは賃貸借契約の終了事由にならない
- 中途解約の予告期間と違約金の関係を理解しておく必要がある
- 退去費用の負担に納得できないときは段階的に対処できる


判決の要点を理解したうえで、退去時にどのような法的リスクがあるのかを確認しましょう。
ここでは、建物の老朽化と契約終了の関係、中途解約時の注意点、そして退去費用への具体的な対処法を解説します。
建物の老朽化だけでは賃貸借契約の終了事由にならない


まず、建物の老朽化と賃貸借契約の終了に関する法的な考え方を整理します。
民法第616条の2は、賃借物の全部が滅失その他の事由により使用収益ができなくなった場合に賃貸借が当然に終了すると定めています。
しかし本件では、建物の老朽化や耐震性能の不足が認められたとしても、建物が「全部滅失」や「使用収益が不可能な状態」にあったとまでは認定されませんでした。
裁判所は、壁のクラックや外壁の浮きなどの不具合があっても、それだけでは建物の使用が不可能になったとはいえないと判断しました。
賃借人が建物の不具合を理由に退去を検討する場合は、まず賃貸人に対して修繕を求めるのが法律上の正しい手順です。





建物に不具合があるなら、まず貸主に修繕を求めることが重要です。
民法第616条の2:賃借物の全部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合には、賃貸借は、これによって終了する。
中途解約の予告期間と違約金の関係を理解しておく必要がある


加えて、中途解約の手続きを正しく行わないと違約金が発生する可能性があることを理解しておきましょう。
本件の契約では、賃借人が解約する場合には6か月前までに書面で予告する必要がありました。
賃借人Xは平成25年10月に鍵を返還して退去しましたが、正式な解約手続きは平成26年3月27日まで行われませんでした。
予告期間を満たさずに退去した場合、予告期間満了までの賃料相当額を違約金として支払わなければならないケースがあります。
住宅の賃貸借でも通常1〜2か月前の予告が求められることが多いため、退去を決めたらまず契約書の解約条項を確認することが大切です。



退去を決めたら、まず契約書で解約予告の期間を確認してから動きましょう。
民法第617条第1項:当事者が賃貸借の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合においては、次の各号に掲げる賃貸借は、解約の申入れの日からそれぞれ当該各号に定める期間を経過することによって終了する。
退去費用の負担に納得できないときは段階的に対処できる


最後に、退去費用の請求に納得できない場合の具体的な対処法を確認します。
まずは賃貸人や管理会社に対し、請求額の内訳と算定根拠を書面で求めましょう。
本件のように保証金が高額な場合は、保証金からの控除内容が正当かどうかも確認する必要があります。
交渉で解決しない場合は、消費者センターへの相談や民事調停の申立て、さらには訴訟の提起を段階的に検討しましょう。
退去費用の請求が不当であると考える場合は、民法上の不当利得として返還を求めることも可能です。





高額な退去費用の請求には、段階的に対処する方法を知っておくと安心です。
民法第415条第1項:債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
よくある質問
まとめ
この判決は、建物の老朽化や耐震性能不足を理由にした一方的な賃貸借契約の終了は認められず、原状回復義務や違約金の支払い義務が生じることを明確に示した先例です。
退去を検討する場合は、まず契約書の解約条項を確認し、所定の手続きを踏むことが不可欠です。
この記事のポイントを振り返ります。
- 建物の老朽化や耐震不足は直ちに賃貸借契約の終了事由とはならない
- 原状回復を行わずに退去すると高額な違約金を請求されるリスクがある
- 中途解約には契約書に定められた予告期間を守る必要がある
- 建物に不具合がある場合はまず貸主に修繕を求めるのが正しい手順
- 退去費用の請求に納得できない場合は段階的に交渉や相談を進められる


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