
退去時の造作買取請求が棄却された事例を解説|東京地裁 平成28年判決
退去時に「自分が設置した設備や備品の費用を請求できるはずだ」と考えたことはないでしょうか。
本記事で紹介するのは、東京地方裁判所が平成28年9月29日に下した判決(RETIO 117号)です。
この裁判では、居酒屋として使用していた建物の賃貸借契約を合意解約した借主が、退去後に残した造作や備品について造作買取請求や不当利得返還を求めたことが争点となりました。
裁判所は借主の請求を全て棄却し、造作買取請求権の成立要件を満たしていないと判断しました。

監修者
1982年にサレジオ学院高校を卒業後、中央大学法学部法律学科に進学し1987年に卒業。法曹界を志し、様々な社会経験を経た後、2016年に行政書士試験に合格。2017年4月に「綜合法務事務所君悦」を開業。法律知識と実務経験を活かし、国際業務を中心に寄り添ったサービスを提供している。
日本行政書士会連合会 神奈川県行政書士会所属
登録番号 第17090472号
東京地裁が示した造作買取請求と不当利得返還の判断基準

- 居酒屋の賃貸借契約を引き継いだ経緯と保証金300万円の取り決め
- 裁判所は造作買取請求と不当利得返還請求をいずれも棄却した
- 耐用年数と残存価値の計算方法を把握して退去費用に備えることが重要

「退去時に設備を残してきたのだから、その費用を請求できるはず」と考える方もいるでしょう。
この東京地裁の判決は、造作買取請求権が認められるための法的要件を明確にし、安易な費用請求が通らないことを示した重要な先例です。
居酒屋の賃貸借契約を引き継いだ経緯と保証金300万円の取り決め

まず、この裁判の背景となった賃貸借契約の経緯を整理します。
原告Xは、元夫が居酒屋として使用していた建物の賃貸借契約を引き継ぎ、賃貸人Y1との間で契約期間3年、保証金300万円の条件で賃貸借契約を締結しました。
契約書には、明渡し時に設置した造作や設備を撤去し、建物の原状変更箇所および瑕疵の修復費用は賃借人が負担する旨の原状回復特約が定められていました。
その後、平成26年5月にXとY1は賃貸借契約を合意解約し、同年6月1日にY1は建物を第三者Y2に新たに賃貸しました。
Xは合意解約の際に原状回復義務を免除されましたが、建物内に残された造作や備品について後から費用を請求する事態となりました。
ゲン賃貸借契約を引き継ぐ場合は、原状回復特約の内容を事前に確認しておきましょう。
民法第601条:賃貸借は、当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うこと及び引渡しを受けた物を契約が終了したときに返還することを約することによって、その効力を生ずる。
裁判所は造作買取請求と不当利得返還請求をいずれも棄却した


次に、裁判所がXの各請求についてどのように判断したかを整理します。
Xは主位的に、賃貸人Y1に対して造作買取請求権に基づく買取代金の支払いを求めました。
加えて、Y1と現賃借人Y2に対しては、備品の所有権侵害による共同不法行為に基づく損害賠償も請求しました。
さらにXは予備的に、Y2が造作や備品を無償で使用していることが不当利得に該当するとして返還を求めました。
裁判所はXの請求を全て棄却し、造作買取請求権の成立要件を満たしていないと判断しました。
不当利得返還請求についても、Y2はY1との間で正当な賃貸借契約に基づいて建物を使用しており、法律上の原因がないとは認められないとされました。



退去後に残した設備の費用を請求するには、法的な要件を満たしている必要があります。
民法第703条:法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う。
耐用年数と残存価値の計算方法を把握して退去費用に備えることが重要



クロス・カーペット・クッションフロア等の耐用年数は6年です。要は入居期間が6年以上であれば、原状回復費用は発生しない(0円)ということになります。
さらに、退去時の費用トラブルを防ぐためには、設備や内装の耐用年数と残存価値の考え方を理解しておくことが重要です。
国土交通省のガイドラインでは、クロス(壁紙)の耐用年数は6年と定められており、定額法による計算で入居年数が長いほど残存価値が下がります。
この事例のように居酒屋など店舗用物件であっても、耐用年数を経過した設備については賃借人が費用を負担する必要性が低くなります。
入居期間が6年を超えると残存価値はほぼ1円となるため、退去費用の計算において入居年数は非常に重要な要素です。



耐用年数と残存価値を知っておけば、退去時に不当な金額を請求されても冷静に対応できます。
民法第621条:賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に回復する義務を負う。ただし、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
この判決から学ぶ造作買取請求のルールと退去時の注意点


- 造作買取請求権が認められるには賃貸人の同意が前提となる
- 合意解約時の原状回復義務と造作の取り扱いは契約条件次第で変わる
- 退去時の設備費用トラブルを防ぐための具体的な対処法


判決の要点を理解したうえで、造作買取請求権の法的な要件と退去時の注意点を押さえておきましょう。
ここでは、造作買取請求が認められるための条件と、合意解約時の注意点、そしてトラブルを防ぐための具体的な対処法を解説します。
造作買取請求権が認められるには賃貸人の同意が前提となる


まず、造作買取請求権が認められるための法的な要件を整理します。
借地借家法第33条は、賃借人が賃貸人の同意を得て建物に付加した造作について、賃貸借終了時にその造作を時価で買い取ることを請求できる権利を定めています。
つまり、造作買取請求が認められるためには「賃貸人の同意を得て付加した造作」であることが最低条件になります。
この事例では、Xが主張した造作や備品について賃貸人Y1の同意を得て設置したという事実が十分に立証されなかったことが、請求棄却の大きな理由の一つです。
造作買取請求権を行使するためには、設備を設置する際に賃貸人から書面で同意を得ておくことが不可欠です。





設備を設置するときは賃貸人の同意を書面でもらっておくことが後のトラブル防止につながります。
民法第608条第2項:賃借人が賃借物について有益費を支出したときは、賃貸人は、賃貸借の終了の時に、第196条第2項の規定に従い、その償還をしなければならない。ただし、裁判所は、賃貸人の請求により、その償還について相当の期限を許与することができる。
合意解約時の原状回復義務と造作の取り扱いは契約条件次第で変わる


加えて、この事例のように合意解約によって賃貸借契約が終了した場合、造作の取り扱いは当事者間の合意内容によって決まります。
Xは合意解約の際に原状回復義務を免除されましたが、これは「造作を残してよい」という許可であり、「造作の対価を支払う」という約束ではありませんでした。
裁判所は、原状回復義務の免除と造作買取請求権の発生は別の問題であり、免除されたからといって自動的に買取請求ができるわけではないと判断しています。
また、Xは備品の所有権侵害として共同不法行為に基づく損害賠償も請求しましたが、Y2はY1との正当な賃貸借契約に基づいて建物を使用しているため、不法行為は成立しないとされました。
合意解約をする際は、造作や備品の所有権と費用負担について明確に取り決めておくことが重要です。



合意解約の条件を書面に残しておけば、退去後のトラブルを未然に防ぐことができます。
民法第709条:故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
退去時の設備費用トラブルを防ぐための具体的な対処法


最後に、退去時の設備費用トラブルを防ぐための具体的な対処法を解説します。
まず、賃貸物件に設備を設置する際は、賃貸人の書面による同意を必ず取得してください。
同意書には設備の種類、設置場所、費用負担の取り決め、退去時の取り扱いを明記しておくことが望ましいです。
賃貸借契約を合意解約する場合は、造作や備品の引き取り、残置する場合の費用精算方法について書面で合意することが不可欠です。
退去費用について疑問がある場合は、消費者センターや弁護士に相談することで適切なアドバイスを受けられます。


設備の設置時と退去時の両方で書面による合意を残しておくことが、造作をめぐるトラブルを防ぐ最も確実な方法です。



退去前に書面で合意内容を確認しておけば、後からのトラブルを大幅に減らせます。
民法第90条:公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。
よくある質問
まとめ
この判決は、造作買取請求権の成立には賃貸人の同意が不可欠であり、原状回復義務の免除が自動的に造作の買取請求につながるわけではないことを明確に示した先例です。
退去時に設備や備品の費用をめぐるトラブルを防ぐためには、設置時の同意取得と退去時の条件確認を書面で行うことが重要です。
この記事のポイントを振り返ります。
- 東京地裁は造作買取請求と不当利得返還請求をいずれも棄却した
- 造作買取請求権の行使には賃貸人の同意を得て設置した造作であることが必要
- 原状回復義務の免除は造作買取請求権の根拠にはならない
- 合意解約の際は造作や備品の取り扱いを書面で取り決めることが重要
- 設備の設置時に賃貸人の書面による同意を得ておくことでトラブルを防げる


- 参照先:RETIO判例検索システム(RETIO No.354)
- 敷金ドットコムは、情報提供を目的としたサイトです。行政書士が記事の監修および執筆を行っておりますが、根本的な問題やトラブルの解決を目的としたものではありません。トラブルの解決については、弁護士または認定司法書士にご相談ください。




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