
通常損耗の特約が無効?敷金全額返還が認められた判例と対処法
退去時に「特約で決まっているので畳の表替えとハウスクリーニングの費用は借主負担です」と言われ、敷金から多額の費用を差し引かれた経験はないでしょうか。
本記事で紹介するのは、RETIO No.87に掲載された東京地方裁判所の平成23年9月21日判決(RETIO判例検索システム)です。
この裁判では、契約書に記載された通常損耗補修特約の有効性と、敷金24万6,000円からの控除の妥当性が争われました。
裁判所は通常損耗補修特約の明確な合意が成立していないと判断し、敷金全額の返還を命じました。

監修者
1982年にサレジオ学院高校を卒業後、中央大学法学部法律学科に進学し1987年に卒業。法曹界を志し、様々な社会経験を経た後、2016年に行政書士試験に合格。2017年4月に「綜合法務事務所君悦」を開業。法律知識と実務経験を活かし、国際業務を中心に寄り添ったサービスを提供している。
日本行政書士会連合会 神奈川県行政書士会所属
登録番号 第17090472号
通常損耗補修特約の合意が認められず敷金全額返還が命じられた経緯

- 賃貸借契約の条件と特約事項の内容
- 裁判所は特約の明確な合意が不成立と判断し敷金全額の返還を認めた
- クロスの耐用年数6年と残存価値の計算方法を把握しておくことが重要になる

「契約書に書いてあるから仕方ない」と退去費用の請求をそのまま受け入れてしまう方も多いのではないでしょうか。
この東京地裁の判決は、契約書に特約条項があっても通常損耗の範囲が具体的に明記されていなければ特約は無効とされることを示した重要な先例です。
賃貸借契約の条件と障子や畳の表替えを借主負担とする特約事項の内容

まず、この裁判の背景となった賃貸借契約の条件を確認します。
賃借人Xは平成20年9月に賃料月額12万3,000円・管理費7,000円・敷金24万6,000円(賃料2か月分)の条件で契約を締結しました。
契約書には「解約明渡時に障子・襖の張替え及び畳の表替え並びにハウスクリーニング費用を負担する」という特約条項が記載されていました。
賃借人Xは約2年間入居したのち平成22年8月に退去しましたが、賃貸人Yは敷金24万6,000円から原状回復費用を差し引き、わずか2万9,360円のみを返金しました。
ゲン契約書に特約があっても、その内容が具体的でなければ無効になる可能性があります。
民法第621条:賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に回復する義務を負う。
裁判所は特約の明確な合意が不成立と判断し敷金全額の返還を認めた


次に、裁判所がどのような基準で通常損耗補修特約の有効性を否定したかを確認します。
裁判所は最高裁平成17年12月16日判決の基準を引用し、通常損耗の原状回復義務を借主に負わせるためには「賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記」するか「賃貸人が口頭で説明し、賃借人が明確に認識・合意」していることが必要と判示しました。
本件の契約書は通常損耗を含む趣旨が一義的に明白とはいえず、口頭説明による合意の証拠もないため、通常損耗補修特約は不成立と認定されました。
さらに、賃貸人が主張した玄関タイルや網戸の穴などの損耗についても、借主の故意・過失や善管注意義務違反による損耗とは認められないとされ、敷金21万6,640円と日割り賃料8,387円の返還が命じられました。



特約の有効性は最高裁の基準で厳格に判断されるため、曖昧な文言では認められません。
民法第622条の2第1項:賃貸人は、敷金を受け取っている場合において、賃貸借が終了し、かつ、賃貸物の返還を受けたときは、賃借人に対し、その受け取った敷金の額から賃貸借に基づいて生じた賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務の額を控除した残額を返還しなければならない。
クロスの耐用年数6年と残存価値の計算方法を把握しておくことが重要になる



クロス・カーペット・クッションフロア等の耐用年数は6年です。要は入居期間が6年以上であれば、原状回復費用は発生しない(0円)ということになります。
さらに、通常損耗補修特約が仮に有効と認められた場合でも、設備の耐用年数を理解しておくことで費用負担を抑えられます。
国土交通省のガイドラインでは、クロス(壁紙)の耐用年数は6年と定められており、本件のように2年間の入居であれば残存価値は約67%です。
入居期間が6年を超えた場合はクロスの残存価値が1円となるため、仮に借主負担の特約があっても実質的な負担額はほぼゼロになります。



耐用年数を理解していれば、退去費用の見積もりが適正かどうかを自分で判断できます。
民法第601条:賃貸借は、当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うこと及び引渡しを受けた物を契約が終了したときに返還することを約することによって、その効力を生ずる。
この判決から学ぶ特約の有効要件と敷金を取り戻す方法


- 最高裁が示した通常損耗補修特約の有効要件を理解する
- 他の裁判例でも曖昧な特約は無効と判断される傾向にある
- 敷金が不当に差し引かれたときは段階的に返還を求められる


特約があるから諦めるしかないと思い込んでいませんか。
ここでは最高裁が示した特約の有効要件と、敷金を不当に差し引かれた場合の具体的な対処手順を解説します。
最高裁が示した通常損耗補修特約の有効要件を理解する


まず、最高裁判所が平成17年12月16日の判決で示した通常損耗補修特約の有効要件を整理します。
最高裁は、通常の使用による損耗の原状回復を借主に負わせることは「賃借人に予期しない特別の負担を課すことになる」と述べ、特約が有効と認められるためには2つの要件を示しました。
具体的には、通常損耗の範囲が契約書の条項自体に具体的に明記されているか、賃貸人が口頭で説明し借主が明確に認識して合意していることが必要です。
本件の東京地裁判決もこの最高裁基準を忠実に適用し、契約書の文言だけでは通常損耗を含む趣旨が一義的に明白でないと判断しました。





最高裁の有効要件を知っていれば、特約の内容を冷静に検証できます。
民法第400条:債権の目的が特定物の引渡しであるときは、債務者は、その引渡しをするまで、契約その他の債権の発生原因及び取引上の社会通念に照らして定まる善良な管理者の注意をもって、その物を保存しなければならない。
他の裁判例でも曖昧な特約は無効と判断される傾向にある


加えて、本件と同様に通常損耗補修特約が無効とされた裁判例は複数存在します。
例えば、大阪高裁の平成16年7月30日判決では、住宅供給公社が貸主である優良賃貸住宅の事案で、通常損耗分の修繕費を借主に負担させる特約は公序良俗に反し無効とされました。
また、神戸地裁の平成16年9月9日判決では、経年変化や通常損耗を含む原状回復義務を借主に負担させるためには「特約によってどのように変更したかを賃貸人が十分に説明していること」が必要とされています。
これらの裁判例を総合すると、通常損耗の原状回復特約は契約書の記載が具体的でなければほぼ無効と判断される傾向にあります。



多くの裁判例で借主側の主張が認められていることを知っておきましょう。
民法第90条:公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。
敷金が不当に差し引かれたときは段階的に返還を求められる


最後に、敷金が不当に差し引かれた場合の具体的な対処法を整理します。
まずは管理会社に「通常損耗補修特約の明確な合意はあったか」「どの損耗が借主の故意・過失によるものか」を書面で問い合わせましょう。
具体的には、本件の賃借人Xのように退去時の室内写真を証拠として残しておくことが、後の交渉で非常に有効な武器になります。
交渉で合意に至らない場合は消費者センターへの相談や少額訴訟(60万円以下)を視野に入れて対処しましょう。





退去時の写真を残しておくだけで、交渉を有利に進められるケースが多いです。
民法第703条:法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う。
よくある質問
まとめ
この判決は、契約書に通常損耗補修特約があっても明確な合意が認められなければ敷金は全額返還されることを示した重要な先例です。
退去時に高額な費用を請求された場合は、まず「特約の内容が具体的に明記されているか」「口頭で説明を受けて合意したか」を確認することが大切です。
この記事のポイントを振り返ります。
- 通常損耗補修特約は契約書に具体的に明記されていなければ無効とされる
- 東京地裁は敷金24万6千円のうち21万6千円超の返還を認めた
- 最高裁も通常損耗の原状回復義務を借主に負わせるには明確な合意が必要と判示している
- 退去時の室内写真は通常損耗であることを証明する重要な証拠になる
- 敷金が不当に差し引かれた場合は書面交渉や少額訴訟で返還を求められる


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