退去時の請求額は減額できる?少額訴訟と原状回復ガイドラインで勝ち取る権利

賃貸物件から退去する際、「思っていたより高額な請求をされた」という経験はありませんか?
多くの借主が直面するこの問題は、実は適切な知識があれば解決できることが少なくありません。
特に国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」を理解し、必要に応じて少額訴訟を活用することで、不当な請求に対抗することができるのです。
例えば、2年間住んだアパートを退去した借主は、クロスの全面張替えや設備の経年劣化分まで含めた19万8千円もの原状回復費用を請求されました。
交渉が難航したため少額訴訟を提起した結果、裁判所の判断により0円まで減額されたというケースもあります。

この記事では、退去時の費用請求トラブルを少額訴訟で解決するための知識と具体的な対処法を解説します。

監修者
1982年にサレジオ学院高校を卒業後、中央大学法学部法律学科に進学し1987年に卒業。法曹界を志し、様々な社会経験を経た後、2016年に行政書士試験に合格。2017年4月に「綜合法務事務所君悦」を開業。法律知識と実務経験を活かし、国際業務を中心に寄り添ったサービスを提供している。
日本行政書士会連合会 神奈川県行政書士会所属
登録番号 第17090472号
少額訴訟とは何?60万円以下の紛争を解決する特別手続き

少額訴訟とは、60万円以下の金銭の支払いを求める紛争を、簡易・迅速に解決するための特別な裁判手続きです。
民事訴訟法第368条から第381条に規定されており、通常の訴訟と比べて手続きが簡略化されています。
賃貸トラブル、特に退去時の原状回復費用の紛争解決に有効な手段として知られています。
少額訴訟の最大の特徴は、原則として1回の審理で判決まで行われることです。
これにより、通常の訴訟よりも短期間(多くの場合1〜2か月程度)で解決することができます。
また、訴訟費用も比較的低額で済むため、退去費用の過剰請求など少額の紛争に適しています。
- 少額訴訟は60万円以下の金銭請求に限定される
- 原則として1回の期日で審理と判決が行われる
- 同一の相手に対して少額訴訟を提起できるのは年に10回まで
- 判決に不服がある場合は異議を申し立てることができるが、控訴はできない
- 法律の専門知識がなくても本人が行える手続きとして設計されている
少額訴訟の法的根拠と特徴

少額訴訟の法的根拠は民事訴訟法第368条から第381条に定められており、通常訴訟と比較していくつかの特徴があります。
通常訴訟では証人尋問や書証の取り調べなど複数回の期日を経て判決に至りますが、少額訴訟では原則として1回の期日で手続きが完結します。
裁判所は少額訴訟において、当事者の主張を簡潔にまとめるよう促し、事案に即した争点整理を行います。
また、証拠調べも即時に取り調べることができる証拠(当事者本人や証人の尋問、文書の証拠調べなど)に限られます。
少額訴訟の判決に対しては控訴できませんが、判決から2週間以内に異議を申し立てることができます。
異議申立てがあった場合、手続きは通常訴訟に移行します。この点も、少額訴訟の特殊な性質を示しています。
なお、少額訴訟は必ずしも裁判所で判決を得ることだけが目的ではなく、約4割の事件が和解で終了しているというデータもあります。
裁判官の仲介による和解は、双方にとって納得のいく解決方法となることも多いのです。
なぜ少額訴訟が有効?退去費用トラブルの典型的なケース

退去時の原状回復費用をめぐるトラブルで少額訴訟が有効なケースには、以下のようなものがあります。
- 経年劣化の負担割合の争い: 壁紙やフローリングの経年劣化について、貸主が借主に全額負担を求めるケース。国土交通省のガイドラインでは経過年数に応じた負担割合が示されており、これを根拠に減額を求める訴訟が可能です。
- 特約の有効性をめぐる争い: 「原状回復費用は全て借主負担」などの特約が、消費者契約法上有効かどうかが争点となるケース。最高裁判例を根拠に、不当な特約の無効を主張できます。
- 原状回復工事の相当性の争い: 実際の損耗に対して過大な工事や不必要な工事が行われ、その費用を請求されるケース。工事の必要性や金額の相当性について争うことができます。
- 敷金返還をめぐる争い: 敷金から過大な原状回復費用が差し引かれ、返還額が不当に少ないケース。敷金返還請求の少額訴訟は比較的多く見られます。
- 立証責任の問題: 損耗が「通常の使用」によるものか「借主の故意・過失」によるものかの立証責任は原則として貸主側にあるため、貸主が十分な証拠を示せない場合に有利に働きます。
原状回復をめぐるトラブルとガイドラインに掲載されてある判例の統計を取ると、賃貸借関係の少額訴訟のうち、原状回復費用や敷金返還に関するものが半分以上を占めており、その多くが借主側の一部または全部勝訴に終わっているデータが見受けられます。
少額訴訟と調停・通常訴訟の違いは?選択のポイント

少額訴訟と他の紛争解決手段との違いを理解し、自分のケースに適した方法を選択することが重要です。
項目 | 少額訴訟 | 民事調停 | 通常訴訟 |
---|---|---|---|
対象金額 | 60万円以下 | 制限なし | 制限なし |
手続期間 | 約1〜2か月 | 約3〜6か月 | 約6か月〜1年以上 |
費用(60万円の場合) | 約8,000円+郵便切手代 | 約5,000円+郵便切手代 | 約1万円+郵便切手代 |
拘束力 | 確定判決(強制執行可能) | 成立した調停に判決と同等の効力 | 確定判決(強制執行可能) |
不服申立て | 異議申立てにより通常訴訟へ | 調停不成立の場合は別途訴訟 | 控訴、上告が可能 |
非公開性 | 公開裁判 | 非公開 | 公開裁判 |
選択のポイントとしては、迅速な解決を望む場合や証拠が十分にある場合は少額訴訟が有利です。
一方、複雑な事案や証人尋問が必要な場合は通常訴訟、当事者間の関係維持を重視する場合は調停が適しています。
また、まずは調停を試み、不成立の場合に少額訴訟に移行するという二段階のアプローチも効果的です。

少額訴訟はどう進める?具体的な手続きの流れ
少額訴訟を活用して退去費用の減額を求める場合、以下のような手続きの流れに沿って進めます。

- 準備段階:
- 証拠の収集(契約書、原状回復費用の見積書・請求書、入退去時の写真など)
- 相手方への内容証明郵便による請求(訴訟前の交渉記録として重要)
- 訴額の確定(返還を求める金額)
- 訴状の作成と提出:
- 管轄の簡易裁判所に訴状を提出
- 収入印紙(訴額により異なる)と郵便切手の貼付
- 少額訴訟による審理を希望する旨の申述書の提出
- 期日の指定と準備:
- 裁判所から期日の通知が来たら、欠席しないよう準備
- 主張や証拠を整理し、簡潔に説明できるよう準備
- 和解案についても検討しておく
- 審理と判決(または和解):
- 当事者双方の主張を聞いたうえで、裁判官が和解を試みることが多い
- 和解が成立しない場合は、その日のうちに判決が言い渡される
- 判決に不服がある場合は2週間以内に異議申立てが可能
少額訴訟の申立てに必要な費用は、訴額に応じて異なりますが、一般的には収入印紙代(約1,000円〜約8,000円)と郵便切手代(約3,000円程度)です。
弁護士に依頼せずに自分で行う場合、この程度の費用で手続きを進めることができます。
- 訴状は簡易裁判所の窓口で書式を入手できる(裁判所のウェブサイトでもダウンロード可能)
- 請求の根拠として国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」を引用すると効果的
- 証拠は原本を持参し、相手方の数だけコピーを用意する
- 口頭での説明は3分程度にまとめ、要点を簡潔に伝えられるよう準備する
- 和解案も検討しておくと、スムーズな解決につながることが多い
勝訴するための対策は?少額訴訟の事前準備と証拠収集

少額訴訟で勝訴するためには、入居時から計画的に証拠を収集し、法的根拠に基づいた主張を準備することが重要です。
原状回復費用の減額を求める少額訴訟では、特に以下の対策が効果的です。
事前準備の基本方針は「証拠の確保」と「法的知識の武装」です。
少額訴訟では証拠が決め手となるため、入居時・退去時の室内状況を写真や動画で記録しておくことが極めて重要です。
また、国土交通省のガイドラインや最高裁判例の内容を理解し、それに基づいた主張を展開できるよう準備しておきましょう。
勝訴率を高めるための具体的な対策としては、請求内容の妥当性を客観的に評価してもらうために、第三者の見積もりを取得することも有効です。
例えば、原状回復工事の金額が適正かどうかを判断するために、別の業者から見積もりを取ることで、過大請求の証拠とすることができます。
- 入居時の室内状況を写真・動画で詳細に記録し、日付入りで保存する
- 退去時の立会い検査では、指摘された箇所を自分でも写真に撮っておく
- 請求書の内訳を詳細に確認し、不明な点は書面で問い合わせて記録を残す
- 国土交通省のガイドラインの該当箇所を特定し、自分のケースに当てはめた主張を準備する
- 必要に応じて第三者(業者や建築士など)の見積もりを取得し、請求額の妥当性を検証する
少額訴訟に関するQ&A
まとめ

退去時の原状回復費用をめぐるトラブルに対して、少額訴訟は効果的な解決手段となります。
60万円以下という金額制限はありますが、原則1回の審理で判決まで行われるため、時間と費用を節約できるメリットがあります。
少額訴訟で成功するためのポイントは、入居時・退去時の状態を写真や動画で記録しておくこと、国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」の内容を理解し、それに基づいた主張を準備すること、そして少額訴訟の手続きを正確に把握しておくことです。
具体的な手続きとしては、まず内容証明郵便で相手方に請求し、それでも解決しない場合に管轄の簡易裁判所に訴状を提出します。
訴状の書き方や必要な書類については、裁判所の窓口やウェブサイトで情報を得ることができます。
本記事では詳しく触れられませんでしたが、少額訴訟を提起する前に民事調停を利用するという選択肢もあります。
調停は非公開で行われ、当事者間の関係悪化を最小限に抑えながら解決を図ることができます。
退去費用のトラブルは誰にでも起こりうることですが、少額訴訟制度を知り、適切に活用することで、不当な請求から自分の権利を守ることができます。
何より大切なのは、感情的にならず、法的根拠に基づいた冷静な対応を心がけることです。
