
立会確認書に署名しても通常損耗の原状回復費用は借主負担にならないと判断された事例を解説|福山簡裁 平成15年判決
退去時に管理会社から「立会確認書に署名してください」と言われ、その場でサインしてしまった経験はありませんか。
本記事で紹介するのは、福山簡易裁判所が平成15年4月4日に下した判決(RETIO No.1237)です。
この裁判では、賃借人が立会確認書に署名していたにもかかわらず、通常損耗の原状回復費用を賃借人に負担させることが認められるかどうかが争点となりました。
裁判所は立会確認書への署名があっても通常損耗の費用負担は認められないとし、敷金全額の返還を命じました。

監修者
1982年にサレジオ学院高校を卒業後、中央大学法学部法律学科に進学し1987年に卒業。法曹界を志し、様々な社会経験を経た後、2016年に行政書士試験に合格。2017年4月に「綜合法務事務所君悦」を開業。法律知識と実務経験を活かし、国際業務を中心に寄り添ったサービスを提供している。
日本行政書士会連合会 神奈川県行政書士会所属
登録番号 第17090472号
福山簡裁が示した立会確認書と通常損耗の原状回復費用の判断

- 月額賃料7万4,000円の賃貸借契約でクロスの張替代を控除された敷金返還が争われた
- 裁判所は立会確認書への署名があっても通常損耗の費用負担を認めなかった
- クロスの耐用年数6年と残存価値の計算方法を把握しておくことが重要になる

「立会確認書にサインしたから支払い義務がある」と管理会社から言われたことはありませんか。
この福山簡裁の判決は、立会確認書に賃借人が署名していても、通常損耗の原状回復費用を賃借人に負担させることは認められないとした重要な先例です。
月額賃料7万4,000円の賃貸借契約でクロスの張替代を控除された敷金返還が争われた

まず、この裁判の背景を整理します。
賃借人Xは宅建業者Yの媒介により、月額賃料7万4,000円、敷金22万円の条件で平成11年12月にAから本件住宅を賃借する契約を締結しました。
その後、YはAから本件住宅を購入し、平成13年3月にXとの間で従前と同一条件の賃貸借契約を締結しています。
賃貸借契約は平成14年12月に終了し、Yは敷金から天井・壁のクロスの張替代を控除して残りの3万8,061円のみをXに返還したため、Xは敷金全額の返還を求める訴えを提起しました。
民法第601条は賃貸借について「引渡しを受けた物を契約が終了したときに返還する」と規定しており、返還時の原状回復の範囲が本件の争点となりました。
ゲン敷金から差し引かれた金額に疑問がある場合は、その根拠を確認することが重要です。
民法第601条:賃貸借は、当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うこと及び引渡しを受けた物を契約が終了したときに返還することを約することによって、その効力を生ずる。
裁判所は立会確認書への署名があっても通常損耗の費用負担を認めなかった


次に、裁判所がどのように判断したかを確認します。
裁判所はまず、天井および壁のクロスの損耗・汚損は退去時に入居時から存在していたものか、通常の使用に伴うものであると認定しました。
そのうえで、Xが負担義務のない原状回復費用について記載した立会確認書に署名していたとしても、通常損耗の費用を借主に負担させることはできないと判断しました。
裁判所は民法の原則を超える原状回復費用の負担は、賃借人が立会確認書に署名していた場合であっても認められないとして、敷金全額の返還を命じています。



退去立会い時にサインしてしまっても、通常損耗の費用負担を覆せる場合があります。
民法第621条:賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に回復する義務を負う。
クロスの耐用年数6年と残存価値の計算方法を把握しておくことが重要になる



クロス・カーペット・クッションフロア等の耐用年数は6年です。要は入居期間が6年以上であれば、原状回復費用は発生しない(0円)ということになります。
さらに、この判決で争点となったクロス(壁紙)には、国土交通省のガイドラインで耐用年数6年が定められています。
定額法による計算では、入居1年目の残存価値は約83%、3年目で約50%、6年目以降はほぼ1円となるため、入居期間が長いほど借主が負担すべき金額は少なくなります。
本件では約3年間の入居期間でしたが、そもそも通常損耗と認定されたため、耐用年数にかかわらずクロスの張替費用全額が貸主負担とされました。



通常損耗であれば、そもそも借主が費用を負担する義務はないことを覚えておきましょう。
民法第606条第1項:賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う。ただし、賃借人の責めに帰すべき事由によってその修繕が必要となったときは、この限りでない。
この判決から学ぶ立会確認書の注意点と退去費用への対処法


- 退去時の立会確認書に署名しても通常損耗の費用負担は法的に無効となり得る
- 最高裁も通常損耗の原状回復費用は貸主負担が原則と示している
- 退去費用を不当に請求された場合は段階的に対処できる


判決の要点を理解したうえで、退去立会い時にどのような点に注意すべきか気になる方も多いでしょう。
ここでは、立会確認書の法的な位置づけと最高裁判決の基準、そして不当な請求を受けたときの具体的な対処法を解説します。
退去時の立会確認書に署名しても通常損耗の費用負担は法的に無効となり得る


まず、この判決が立会確認書について示した法的判断を整理します。
退去立会い時に管理会社から提示される立会確認書は、退去時の物件状況を記録する書面です。
しかし、この福山簡裁の判決が示すとおり、立会確認書に「原状回復費用を借主が負担する」旨が記載されていて借主が署名したとしても、通常損耗の費用負担を法的に有効に合意したことにはなりません。
退去立会いの場で管理会社から求められるままに署名しても、民法の原則を超える費用負担を覆すことができる場合があります。





退去立会い時にその場でサインを求められても、内容に納得がいかなければ署名を保留できます。
民法第90条:公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。
最高裁も通常損耗の原状回復費用は貸主負担が原則と示している


加えて、最高裁判所も平成17年12月16日の判決で同様の判断基準を示しています。
最高裁は、通常損耗について借主に原状回復義務を負わせるためには「契約書に具体的に明記されているか」または「口頭で説明し借主が明確に認識・合意していること」が必要と判示しました。
退去時の立会確認書への署名は、契約締結時の明確な合意とは異なり、退去後に作成される書面に過ぎません。
福山簡裁の判決と最高裁の判決をあわせて理解すれば、立会確認書に署名したことを理由に通常損耗の費用を請求されても適切に対処できます。



通常損耗の費用負担を借主に求めるには、契約時の明確な合意が不可欠です。
民法第95条第1項:意思表示は、次に掲げる錯誤に基づくものであって、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるときは、取り消すことができる。
退去費用を不当に請求された場合は段階的に対処できる


最後に、退去費用が不当に高いと感じたときの具体的な対処法を解説します。
まずは管理会社に「通常損耗に該当する項目の根拠を示してほしい」と書面で伝えることが第一歩です。
交渉で解決しない場合は、国民生活センターや消費者センターへの無料相談、あるいは弁護士や司法書士による退去費用の交渉代行サービスの利用も検討できます。


すでに支払ってしまった場合でも、不当利得返還請求により過払い分を取り戻せる可能性があります。



立会確認書にサインした後でも、通常損耗の費用は返還を求められます。
民法第703条:法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う。
よくある質問
まとめ
この判決は、立会確認書に賃借人が署名していても、通常損耗の原状回復費用を借主に負担させることは認められないことを明確にした先例です。
退去時に管理会社からその場で書面への署名を求められた場合でも、通常損耗にあたる費用の支払い義務は生じないことを知っておくことが大切です。
この記事のポイントを振り返ります。
- 福山簡裁は立会確認書への署名があっても通常損耗の費用負担を否定した
- クロスの損耗・汚損は通常の使用に伴うものと認定され敷金全額の返還が命じられた
- クロスの耐用年数は6年で入居期間が長いほど借主負担額は減少する
- 最高裁も通常損耗の原状回復費用は契約時の明確な合意がない限り貸主負担と示している
- 署名後でも不当利得返還請求により過払い分を取り戻せる可能性がある


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