
畳・襖・クロスの原状回復特約は有効?通常損耗の費用負担が認められた東京地裁の判例
退去時に「畳・襖・クロスの張替えとハウスクリーニングは借主負担」と言われた場合、この特約が有効になる条件とはどのようなものでしょうか。
本記事で紹介するのは、東京地方裁判所が平成13年2月8日に下した判決(判例時報1758号66頁・RETIO No.1395)です。
この裁判では、マンションの賃貸借契約において、通常損耗を含む畳表の取替え・襖の張替え・クロスの張替え・ハウスクリーニングの費用を借主が負担する特約の有効性が争われました。
裁判所は、借主が契約時に特約の内容を十分に理解し合意していたと認定し、通常損耗を含む原状回復特約は有効であると判断しました。

監修者
1982年にサレジオ学院高校を卒業後、中央大学法学部法律学科に進学し1987年に卒業。法曹界を志し、様々な社会経験を経た後、2016年に行政書士試験に合格。2017年4月に「綜合法務事務所君悦」を開業。法律知識と実務経験を活かし、国際業務を中心に寄り添ったサービスを提供している。
日本行政書士会連合会 神奈川県行政書士会所属
登録番号 第17090472号
東京地裁が示した通常損耗の原状回復特約が有効となる条件

- 畳・襖・クロス・ハウスクリーニングの費用負担特約をめぐる紛争の経緯
- 裁判所は借主が特約を十分理解し合意していたとして原状回復特約を有効と認めた
- クロスの耐用年数6年と残存価値の計算方法を把握しておくことが重要になる

「特約があるから退去時の畳やクロスの費用は借主負担」と言われたとき、その特約はどのような条件で有効になるのでしょうか。
この東京地裁の判決は、借主が特約の内容を理解して合意していれば通常損耗を含む原状回復特約も有効となることを示した事例です。
畳・襖・クロス・ハウスクリーニングの費用負担特約をめぐる紛争の経緯

まず、この裁判の背景を整理します。貸主Xは借主Yとの間で、マンション一室を月額賃料約12万円、敷金約33万円の条件で賃貸借契約を締結しました。
この契約書には、退去時に「畳表の取替え・襖の張替え・クロスの張替え・ハウスクリーニングの費用を借主が負担する」旨の特約が明記されていました。
契約終了後、貸主は特約に基づいて畳表・襖・クロスの張替え費用とハウスクリーニング費用を敷金から差し引きました。
借主Yはこれに対し、通常の使用で生じた損耗は借主が負担すべきではないとして、差し引かれた費用の返還を求めて訴訟を提起しました。借主側は民法上の原状回復義務には通常損耗は含まれないことを根拠に主張しました。
民法第621条は通常の使用による損耗と経年変化を原状回復義務の対象から除外していますが、特約により借主の負担とすることが認められるかどうかが争点となりました。
ゲン通常損耗は原則として貸主負担ですが、有効な特約があれば借主負担とすることが法律上認められています。
民法第621条:賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に回復する義務を負う。
裁判所は借主が特約を十分理解し合意していたとして原状回復特約を有効と認めた


次に、裁判所がこの原状回復特約をどのように判断したかを整理します。
裁判所は、契約書に畳表の取替え・襖の張替え・クロスの張替え・ハウスクリーニングの費用を借主が負担することが具体的に明記されている点を重視しました。
また、借主Yが契約締結時にこの特約の内容を十分に理解したうえで合意の署名をしていると認定し、借主の自由な意思に基づく合意が存在すると判断しました。
賃貸借契約において通常損耗を借主負担とする特約は、その内容が契約書に明記されており借主が十分に理解して合意していれば有効であるとした判断は、後の最高裁判決の判断基準とも整合するものです。
裁判所は、畳表や襖、クロスなどの建築消耗品の取替えは一般的な賃貸物件において退去時に行われることが多く、その費用を借主負担とする特約は直ちに公序良俗に反するとはいえないとしました。



特約が有効と認められるかどうかは、契約書への明記と借主の理解・合意が最も重要な判断基準です。
民法第601条:賃貸借は、当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うこと及び引渡しを受けた物を契約が終了したときに返還することを約することによって、その効力を生ずる。
クロスの耐用年数6年と残存価値の計算方法を把握しておくことが重要になる



クロス・カーペット・クッションフロア等の耐用年数は6年です。要は入居期間が6年以上であれば、原状回復費用は発生しない(0円)ということになります。
さらに、特約により借主負担が認められた場合でも、負担すべき金額は耐用年数に基づいて計算されることを理解しておきましょう。
国土交通省のガイドラインでは、クロス(壁紙)の耐用年数は6年と定められています。定額法による計算では入居1年目で残存価値は約83%、3年目で約50%、6年を経過すると残存価値は1円となります。
特約が有効であっても、借主が負担すべき金額は入居期間に応じた残存価値で算定されるため、長期入居であれば負担額は大幅に軽減されます。
畳表については経過年数を考慮しない取扱いとなっていますが、襖やクロスには耐用年数が適用されるため、入居年数に応じた減額を主張することが可能です。



特約が有効でも負担額は耐用年数で計算されるため、入居年数ごとの残存価値を計算ツールで確認しておきましょう。
民法第1条第2項:権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。
この判決から学ぶ原状回復特約の有効要件と退去費用への対処法


- 通常損耗の原状回復特約が有効と認められるための3つの条件を理解する
- 特約が無効とされた他の判例と比較して有効・無効の分かれ目を知る
- 特約が有効な場合でも請求額を適正な範囲に抑えるための対処法を把握する


特約が有効とされた場合、借主はどの範囲まで費用を負担すべきなのでしょうか。
ここでは、原状回復特約の有効要件と無効判例との比較、そして有効な特約がある場合でも負担額を適正に抑えるための対処法を解説します。
通常損耗の原状回復特約が有効と認められるための3つの条件を理解する


まず、この東京地裁の判決と最高裁判所の判断を踏まえて、通常損耗の原状回復特約が有効と認められるための条件を整理します。
第一の条件は、特約の内容が契約書に具体的に明記されていることです。本件では畳表・襖・クロス・ハウスクリーニングの項目が明確に記載されていました。
第二の条件は、借主が特約の内容を十分に理解していることです。単に契約書に署名しただけでは不十分であり、借主が特約の趣旨を理解していたかどうかが審査されます。
第三の条件は、借主が自由な意思に基づいて合意していることです。この3つの条件をすべて満たして初めて、通常損耗を含む原状回復特約が有効と認められます。





契約書に具体的な項目と金額が明記されているかどうかを、契約前に必ず確認しましょう。
民法第90条:公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。
特約が無効とされた他の判例と比較して有効・無効の分かれ目を知る


加えて、通常損耗の原状回復特約が無効とされた判例と比較することで、有効・無効の分かれ目をより明確に理解できます。
最高裁判所平成17年12月16日判決では、契約書の文言が一般的な原状回復義務を定めるにとどまり、通常損耗を借主負担とする具体的な記載がなかったことから、特約の成立が否定されました。
一方、本件では畳・襖・クロス・ハウスクリーニングという具体的な項目が契約書に明記されていたことが有効性の決め手となりました。
特約の有効・無効の分かれ目は、具体的な負担項目が契約書に明記されているかどうか、そして借主がその内容を理解して合意しているかどうかにあります。



契約書の内容をよく読み、不明な点は契約前に貸主や管理会社に確認することが重要です。
民法第606条第1項:賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う。ただし、賃借人の責めに帰すべき事由によってその修繕が必要となったときは、この限りでない。
特約が有効な場合でも請求額を適正な範囲に抑えるための対処法を把握する


最後に、通常損耗の原状回復特約が有効な場合であっても、請求額を適正な範囲に抑えるための対処法を解説します。
まずは請求書の内訳を確認し、特約で定められた項目以外の費用が含まれていないかをチェックしてください。特約にない項目まで請求された場合は、その分の減額を求めることができます。
次に、クロスや襖については耐用年数に基づく残存価値の減額を主張しましょう。特約が有効であっても、経年変化による価値の減少は考慮されるべきです。


特約が有効であっても請求額が相場を大幅に超える場合は、民法上の信義則に反するとして減額を求められる可能性があるため、相場との比較検証を必ず行いましょう。
民法第415条第1項は債務不履行による損害賠償を定めていますが、借主の故意や過失によらない損耗については、特約がなければ貸主が請求することはできません。



特約で定められた項目以外の費用は拒否でき、耐用年数に基づく減額も主張できることを覚えておきましょう。
民法第415条第1項:債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
よくある質問
まとめ
この判決は、通常損耗を含む原状回復特約であっても、契約書に具体的な項目が明記され借主が内容を十分に理解して合意していれば有効と認められることを示した先例です。
退去時に原状回復費用を請求された場合は、まず「特約の内容が契約書に明記されているか」「自分が合意した範囲を超えていないか」を確認することが重要です。
この記事のポイントを振り返ります。
- 東京地裁は通常損耗を含む原状回復特約が有効であると判断した
- 有効要件は契約書への明記・借主の理解・自由な意思による合意の3点
- 特約が有効でも耐用年数に基づく残存価値の減額は主張できる
- 特約に明記されていない項目の費用は拒否することが可能
- 退去費用の請求額が相場を超える場合は信義則違反を主張できる


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