[事例40]敷引契約について消費者契約法 10 条に違反しないとされた事例
本件は、賃借人Xが賃貸人Yとの間で締結した定期借家契約において、敷金の償却に関する特約(敷引特約)の有効性及び原状回復費用の負担を巡って争われた事例です。裁判所は、敷引特約が消費者契約法10条に違反しないこと、および賃借人Xが負担すべき原状回復費用の範囲について判断を示しました。

監修者
サレジオ学院高等学校を昭和57年に卒業後、法曹界への志を抱き、中央大学法学部法律学科へと進学。同大学では法律の専門知識を着実に積み重ね、昭和62年に卒業。
その後、さまざまな社会経験を経て、より専門的な形で法務サービスを提供したいという思いから、平成28年に行政書士試験に挑戦し、合格。この資格取得を機に、平成29年4月、依頼者の皆様に寄り添った丁寧なサービスを提供すべく「綜合法務事務所君悦」を開業いたしました。
長年培った法律の知識と実務経験を活かし、依頼者の皆様の多様なニーズにお応えできるよう、日々研鑽を重ねております。
日本行政書士会連合会 神奈川県行政書士会所属
登録番号 第17090472号
事例の背景
賃借人Xは、賃貸人Yとの間で、月額賃料13万3000円、共益費1万円、敷金26万6000円、契約期間364日の定期借家契約を締結しました。
Xは再契約後に解約を申し入れ、建物を明け渡しました。
退去時、賃貸人Yはリビングや寝室の壁に生じた傷について、クロスの張替えが必要であると指摘し、原状回復費用12万2850円のうち3万4815円を敷金から差し引きました。
これに対し、賃借人Xは敷引特約の無効及び原状回復費用の過大さを主張し、訴訟を提起しました。
- リビングの柱の傷
- リビングの窓の下のクロスの剥がれ
- 寝室の壁の傷
裁判所の判断
裁判所は以下の点を判断しました。
賃借人の負担項目
- リビングの柱の傷
- リビングの窓の下のクロスの剥がれ
- 寝室の壁の傷(縦0.5cm、横10cm程度)
- 寝室の壁の傷(縦1cm、横0.5cm)
賃貸人の負担項目
- 壁クロスの自然損耗・経年劣化分(77.5%相当)
敷引特約は、賃借人の債務不履行の有無を問わず敷金から一定額を差し引くものであり、賃借人の義務を加重するものと認められますが、消費者契約法10条に違反しないと判断されました。
その理由として、敷引特約の内容が重要事項説明書等に明記されており賃借人Xが理解可能であったこと、賃貸条件の情報が仲介業者やインターネットを通じて比較検討可能であったこと、敷引料が賃料1か月分であり再契約時の負担軽減を考慮すると信義則に反するほど賃借人の利益を侵害していないことが挙げられます。
また、賃貸人Yが指摘した損傷は自然損耗・経年劣化ではなく賃借人Xの過失によるものと推認され、壁クロスの全面張替えが必要であることから、賃貸人Yが算定した77.5%の自然損耗率は合理的と認められました。
その結果、賃借人Xが負担すべき原状回復費用は3万4815円と判断されました。
以上を踏まえ、裁判所は賃借人Xの請求を棄却し、敷引特約の有効性及び原状回復費用の算定を支持しました。
まとめ
本判決から得られる実務的な示唆は以下の通りです。
- 敷引特約の有効性判断のポイント
- 原状回復費用の算定における注意点
- 実務的な示唆
敷引特約の有効性を判断するためには、特約の内容が明確に説明され、賃借人が理解可能であったか、賃貸条件の情報が比較検討可能であったか、そして特約が信義則に反するほど賃借人の利益を侵害していないかが重要なポイントとなります。
また、原状回復費用の算定においては、損傷が自然損耗か過失によるものかを明確に区別し、算定根拠を合理的に示すことが求められます。
実務的には、賃貸人は敷引特約や原状回復費用に関する説明を十分に行い、書面で明示することが重要です。
一方、賃借人は契約締結時に特約内容を十分に確認し、損耗の範囲を記録しておくことが必要です。