
特約がない場合の通常損耗は借主負担にならないと判断された事例を解説|東京簡裁 平成17年判決
ペット飼育可の物件を退去するとき、「ペットを飼っていたから原状回復費用が高額になる」と言われた経験はありませんか。
本記事で紹介するのは、東京簡易裁判所が平成17年3月1日に下した判決(RETIO No.1105)です。
この裁判では、ペット飼育可の物件で敷金23万4,000円に対して原状回復費用35万8,000円を請求された借主が、敷金の返還を求めました。
裁判所は当事者間に特約がない場合、賃借人の居住使用により通常生ずる損耗の費用は借主が負担すべきものではないと判断しました。

監修者
1982年にサレジオ学院高校を卒業後、中央大学法学部法律学科に進学し1987年に卒業。法曹界を志し、様々な社会経験を経た後、2016年に行政書士試験に合格。2017年4月に「綜合法務事務所君悦」を開業。法律知識と実務経験を活かし、国際業務を中心に寄り添ったサービスを提供している。
日本行政書士会連合会 神奈川県行政書士会所属
登録番号 第17090472号
東京簡裁が示したペット飼育可物件での通常損耗と原状回復費用の判断

- ペット飼育可の物件で原状回復費用35万8,000円を請求された経緯
- 裁判所は特約がない通常損耗の費用を借主負担としないと判断した
- クロスの耐用年数6年と残存価値の計算方法を把握しておくことが重要になる

「ペットを飼っていたから費用が高くなる」と言われても、本当に全額を負担する必要があるのか疑問に思う方は多いでしょう。
この東京簡裁の判決は、ペット飼育可の物件であっても特約がなければ通常損耗の費用を借主に負担させることはできないとした重要な先例です。
ペット飼育可の物件で原状回復費用35万8,000円を請求された経緯

まず、この裁判の背景を整理します。
賃借人Xと賃貸人Yは平成15年5月に本件建物賃貸借契約を締結し、Xは敷金23万4,000円を預けました。
この契約ではペットの飼育が許可されており、解約時には室内クリーニング代のほかに原状回復費用(脱臭等を含む)を借主が負担する旨の特約が置かれていましたが、それ以外の原状回復義務に関する特約はありませんでした。
退去時にYは、Xが猫を飼育していたことを理由に原状回復費用として35万8,000円を請求し、敷金の返還を拒絶したため、Xは敷金の返還を求める訴えを提起しました。
民法第601条は賃貸借契約の基本として、賃借人が物件を返還する義務を定めており、返還時の原状回復の範囲が争点となりました。
ゲンペット飼育可の物件でも、原状回復費用の範囲には法律上のルールがあります。
民法第601条:賃貸借は、当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うこと及び引渡しを受けた物を契約が終了したときに返還することを約することによって、その効力を生ずる。
裁判所は特約がない通常損耗の費用を借主負担としないと判断した


次に、裁判所がどのように判断したかを確認します。
裁判所は、当事者間に原状回復に関する特約がなければ、賃借人が居室を故意または過失によって毀損したり、通常の使用を超える使用方法によって損耗させた場合にのみ、その回復を賃借人の負担とすることができると示しました。
賃借人の居住使用により通常生ずる損耗については、その費用は賃借人が負担すべきものではないと明確に判断しました。
また、ペット飼育の許可とそれに伴う特約は、賃借人が負担すべき費用を一般的に例示したものにすぎず、費用負担の原則を変更するものとは考えられないとしています。



ペット飼育可であっても、通常損耗の費用負担の原則は変わりません。
民法第621条:賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に回復する義務を負う。
クロスの耐用年数6年と残存価値の計算方法を把握しておくことが重要になる



クロス・カーペット・クッションフロア等の耐用年数は6年です。要は入居期間が6年以上であれば、原状回復費用は発生しない(0円)ということになります。
さらに、ペット飼育に伴って借主が負担すべき損耗が認められた場合でも、壁紙(クロス)には国土交通省のガイドラインで耐用年数6年が定められています。
定額法による計算では、入居1年目の残存価値は約83%、3年目で約50%、6年目以降はほぼ1円となるため、入居期間が長いほど借主が負担すべき金額は少なくなります。
本件では約2年間の入居期間でしたが、そもそも通常損耗と認定されたため、クロスの張替費用を含む原状回復費用全体が貸主負担とされました。



入居年数ごとの残存価値を計算ツールで確認してみてください。
民法第400条:債権の目的が特定物の引渡しであるときは、債務者は、その引渡しをするまで、契約その他の債権の発生原因及び取引上の社会通念に照らして定まる善良な管理者の注意をもって、その物を保存しなければならない。
この判決から学ぶペット飼育可物件の原状回復ルールと対処法


- ペット飼育特約は費用負担の原則を変更するものではない
- 最高裁判所も通常損耗は貸主負担が原則と示している
- ペット飼育可物件で退去費用を不当に請求された場合の対処法


判決の要点を理解したうえで、ペット飼育可物件を退去するときにどのような点に注意すべきか知りたい方も多いでしょう。
ここでは、ペット飼育特約の法的な位置づけと最高裁判決の基準、そして不当な請求を受けたときの具体的な対処法を解説します。
ペット飼育特約は費用負担の原則を変更するものではない


まず、この判決がペット飼育特約について示した法的判断を整理します。
裁判所は、ペットの飼育を許可し居住で飼っていた場合の原状回復費用に関する特約について、「賃借人が負担すべき費用を一般的に例示したもの」にすぎないとしました。
つまり、ペット飼育可であることを理由に通常損耗の費用まで借主に負担させることはできず、費用負担の原則は変わりません。
ペット飼育特約があっても、借主が負担すべきなのはペットの故意・過失による損耗に限られ、通常の居住使用による損耗は貸主負担です。





ペットを飼っていたからといって、すべての損耗が借主負担になるわけではありません。
民法第606条第1項:賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う。ただし、賃借人の責めに帰すべき事由によってその修繕が必要となったときは、この限りでない。
最高裁判所も通常損耗は貸主負担が原則と示している


加えて、最高裁判所も平成17年12月16日の判決で通常損耗に関する重要な判断基準を示しています。
最高裁は、通常損耗について借主に原状回復義務を負わせるためには「契約書に具体的に明記されているか」または「口頭で説明し借主が明確に認識・合意していること」が必要と判示しました。
ペット飼育特約に「原状回復費用を借主が負担する」と記載されていても、それが通常損耗の費用負担まで含むことが具体的に明記されていなければ有効とは認められません。
東京簡裁の判決と最高裁の判決をあわせて理解すれば、ペット飼育可物件で高額な退去費用を請求されても冷静に対処できます。



最高裁の判断基準を知っていれば、退去時の交渉で大きな武器になります。
民法第415条第1項:債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
ペット飼育可物件で退去費用を不当に請求された場合の対処法


最後に、ペット飼育可物件で退去費用が不当に高いと感じたときの具体的な対処法を解説します。
まずは管理会社に「請求された各項目が通常損耗に該当するかどうか」を書面で確認することが第一歩です。
ペットによる引っかき傷や噛み跡は借主の善管注意義務違反として借主負担になりますが、壁紙の自然な変色やフローリングの通常の摩耗は貸主負担です。


交渉で解決しない場合は、消費者センターへの無料相談や少額訴訟の制度を活用して適正な費用を主張できます。



ペットによる損耗と通常損耗を区別して、適正な費用負担を主張しましょう。
民法第703条:法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う。
よくある質問
まとめ
この判決は、ペット飼育可の物件であっても、当事者間に特約がなければ通常損耗の原状回復費用を借主に負担させることはできないことを明確にした先例です。
ペットを飼っていたからといってすべての損耗が借主負担になるわけではなく、通常の使用による損耗と特別な損耗を区別して判断することが重要です。
この記事のポイントを振り返ります。
- 特約がない場合の通常損耗は借主負担にならないと東京簡裁が判断した
- ペット飼育特約は費用負担の原則を変更するものではなく一般的な例示にすぎない
- クロスの耐用年数は6年で入居期間が長いほど借主負担額は減少する
- ペットによる引っかき傷は借主負担だが壁紙の自然な変色は貸主負担である
- 不当な請求には書面での確認や消費者センターへの相談で対処できる


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