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通常損耗特約が無効とされた判例|退去費用の借主負担範囲を解説(東京地裁 平成29年判決)
退去時に「契約書に書いてあるから畳やクロスの張替え費用は全額借主負担」と言われたら、そのまま従うしかないのでしょうか。
本記事で紹介するのは、東京地方裁判所が平成29年4月25日に下した判決(RETIO 112号)です。
この裁判では、賃貸借契約書に定められた通常損耗を借主負担とする特約が有効に成立しているかどうかが争点となりました。
裁判所は特約の効力を否認し、通常損耗を超える善管注意義務違反の部分のみを借主負担と判断しました。

監修者
1982年にサレジオ学院高校を卒業後、中央大学法学部法律学科に進学し1987年に卒業。法曹界を志し、様々な社会経験を経た後、2016年に行政書士試験に合格。2017年4月に「綜合法務事務所君悦」を開業。法律知識と実務経験を活かし、国際業務を中心に寄り添ったサービスを提供している。
日本行政書士会連合会 神奈川県行政書士会所属
登録番号 第17090472号
東京地裁が示した通常損耗特約の有効要件と原状回復費用の判断基準

- 12年間の賃貸借契約と通常損耗を借主負担とする特約の内容
- 裁判所は通常損耗特約が有効に成立していないと判断した
- 耐用年数と残存価値の計算方法を把握して退去費用を確認することが重要

「契約書に書いてあるから」と原状回復費用を全額請求された経験がある方もいるでしょう。
この東京地裁の判決は、通常損耗を借主負担とする特約が有効に成立するための要件を示し、要件を満たさない特約は無効であることを明確にした重要な先例です。
12年間の賃貸借契約と通常損耗を借主負担とする特約の内容

まず、この裁判の背景となった賃貸借契約の内容を整理します。
平成15年、貸主Xと借主Yは建物の一部について賃貸借契約を締結し、賃料は月額10万円、共益費4000円、敷金20万円の条件でした。
契約書の特約条項には「解約時の畳・襖・クロス・クッションフロアの張替え及び壁の塗替え、室内クリーニング・エアコンクリーニング等の修繕は全額借主負担とする」と記載されていました。
その後、XとYは契約の更新を重ね、Yは約12年間にわたって本件建物に居住したうえで平成27年9月に退去しました。
退去時にXは特約に基づき、通常損耗も含めた原状回復費用として約45万円を請求し、さらに明渡し後の使用不能期間の賃料相当額の支払いも求めました。
ゲン12年間の居住であれば、ほとんどの設備は耐用年数を大幅に超えていることを覚えておきましょう。
民法第601条:賃貸借は、当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うこと及び引渡しを受けた物を契約が終了したときに返還することを約することによって、その効力を生ずる。
裁判所は通常損耗特約が有効に成立していないと判断した


次に、裁判所が通常損耗特約の効力についてどのように判断したかを解説します。
東京地裁は最高裁平成17年12月16日判決を引用し、通常損耗の原状回復費用を借主に負担させるためには、通常損耗の範囲が賃貸借契約書に具体的に明記されているか、貸主が口頭で説明し借主が明確に認識・合意していることが必要と判示しました。
本件の特約は「畳・襖・クロス等の張替えは借主負担」と記載されているものの、通常損耗の範囲が具体的に明記されておらず、借主が負担すべき金額の算定方法も示されていないため、有効な通常損耗特約とは認められないと判断されました。
その結果、通常損耗に該当する部分の原状回復費用は棄却され、善管注意義務違反による損耗(畳の焼け焦げ、壁の著しい汚損等)のみが借主負担として認容されました。
最終的にYが負担すべき原状回復費用は約12万5000円とされ、当初請求された約45万円から大幅に減額されました。



特約に通常損耗の範囲が具体的に明記されていなければ、借主は通常損耗分の費用を負担する必要はありません。
民法第621条:賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に回復する義務を負う。ただし、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
耐用年数と残存価値の計算方法を把握して退去費用を確認することが重要



クロス・カーペット・クッションフロア等の耐用年数は6年です。要は入居期間が6年以上であれば、原状回復費用は発生しない(0円)ということになります。
さらに、退去費用が妥当かどうかを判断するために、設備や内装の耐用年数と残存価値を理解しておくことが重要です。
国土交通省のガイドラインでは、クロス(壁紙)の耐用年数は6年と定められており、入居6年を超えると残存価値はほぼ1円になります。
この事例のように12年間居住した場合、クロスや畳などの耐用年数を大幅に超えているため、通常損耗はもちろん経年劣化による損耗も借主が負担する根拠がなくなります。
借主が負担すべきなのは、善管注意義務に違反して生じた損耗(焼け焦げ、著しい汚損等)に限られ、その場合も耐用年数を考慮した残存価値に基づいて計算されるべきです。



耐用年数を超えた設備の費用を請求された場合は、ガイドラインを根拠に減額を主張できます。
民法第606条第1項:賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う。ただし、賃借人の責めに帰すべき事由によってその修繕が必要となったときは、この限りでない。
この判決から学ぶ通常損耗特約の有効要件と退去費用の交渉術


- 通常損耗特約が有効とされるには具体的な明記と明確な合意が必要になる
- 善管注意義務違反の範囲を超える請求には根拠の提示を求められる
- 退去費用が不当に高いと感じたときの具体的な交渉手順


判決の法的根拠を理解したうえで、退去費用を不当に請求されたときにどう対処すればよいのか気になる方も多いでしょう。
ここでは、通常損耗特約の有効要件と、善管注意義務違反の判断基準、そして実際の交渉手順を解説します。
通常損耗特約が有効とされるには具体的な明記と明確な合意が必要になる


まず、通常損耗の原状回復費用を借主に負担させる特約が有効となるための法的要件を整理します。
最高裁平成17年12月16日判決は、通常損耗について借主に原状回復義務を負わせるためには、「契約書に借主が負担すべき通常損耗の範囲を具体的に明記しているか」または「貸主が口頭で説明し借主がその旨を明確に認識・合意していること」が必要と判示しています。
本件では「畳・クロスの張替えは借主負担」と記載されていたものの、通常損耗と善管注意義務違反による損耗の区別や、費用の算定方法が具体的に明記されていませんでした。
通常損耗特約が有効とされるには、借主が負担すべき損耗の範囲と費用の算定基準が契約書に具体的に明記されていることが不可欠です。





契約書の特約を確認して、通常損耗の範囲が具体的に明記されているかどうかをチェックしましょう。
民法第400条:債権の目的が特定物の引渡しであるときは、債務者は、その引渡しをするまで、契約その他の債権の発生原因及び取引上の社会通念に照らして定まる善良な管理者の注意をもって、その物を保存しなければならない。
善管注意義務違反の範囲を超える請求には根拠の提示を求められる


加えて、この判決では善管注意義務違反に該当する損耗の範囲がどのように判断されたかも重要です。
裁判所は12年間の居住期間を考慮し、通常の使用による損耗(クロスの変色、畳の日焼け等)は全て貸主負担としました。
一方で、畳の焼け焦げや壁の著しい汚損など、通常の使用では生じない損耗については善管注意義務違反として借主負担と認定しました。
善管注意義務違反による損耗であっても、耐用年数を考慮した残存価値に基づいて費用が算定されるため、長期居住者の負担額は大幅に軽減されます。
退去費用の請求書を受け取ったときは、各項目が通常損耗に該当するか、善管注意義務違反に該当するかを一つずつ確認することが大切です。



退去費用の内訳を確認し、通常損耗と善管注意義務違反を区別することが減額交渉の第一歩です。
民法第90条:公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。
退去費用が不当に高いと感じたときの具体的な交渉手順


最後に、退去費用が不当に高いと感じたときの具体的な対処法を解説します。
まずは管理会社に「原状回復費用の明細書」を書面で請求し、各項目が通常損耗に該当するか、善管注意義務違反に該当するかを確認しましょう。
通常損耗が含まれている場合は、国土交通省のガイドラインと最高裁平成17年判決を根拠に「通常損耗特約は有効に成立していない」と書面で主張します。
交渉で解決しない場合は、消費者センターへの無料相談や少額訴訟を利用することで、法的手段で敷金返還を求めることができます。


退去費用の減額を実現するためには、請求された費用の内訳を一つずつ確認し、通常損耗に該当する項目を根拠とともに指摘することが最も効果的です。



書面での交渉を積み重ねることで、退去費用の大幅な減額を実現できるケースは少なくありません。
民法第703条:法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う。
よくある質問
まとめ
この判決は、通常損耗を借主負担とする特約が有効に成立するには具体的な明記と明確な合意が必要であり、要件を満たさない特約は効力が否認されることを示した先例です。
退去費用を請求された場合は、まず「特約の有効要件を満たしているか」「通常損耗と善管注意義務違反が区別されているか」を確認することが重要です。
この記事のポイントを振り返ります。
- 東京地裁は通常損耗特約が有効に成立していないと判断し効力を否認した
- 通常損耗の範囲が契約書に具体的に明記されていなければ特約は無効となる
- 12年間居住の場合ほとんどの設備は耐用年数を超えており借主負担は大幅に軽減される
- 善管注意義務違反による損耗のみが借主負担の対象となる
- 退去費用の減額は書面交渉や少額訴訟で実現できる


- 参照先:RETIO判例検索システム(RETIO No.311)
- 敷金ドットコムは、情報提供を目的としたサイトです。行政書士が記事の監修および執筆を行っておりますが、根本的な問題やトラブルの解決を目的としたものではありません。トラブルの解決については、弁護士または認定司法書士にご相談ください。











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