
通常損耗の原状回復特約が不成立で貸主の費用請求が大部分棄却された判例を解説
賃貸物件の退去時に、契約書に「畳表替え・ふすま張替え・ハウスクリーニングは借主負担」と書かれていても、具体的な範囲や金額が明確でなければ通常損耗補修特約は成立しません。
本記事では、東京地裁平成25年8月19日判決(RETIO No.95-080)を詳しく解説します。この判例では、貸主が通常損耗を含む原状回復費用を請求したものの、特約の明確な合意が認められず、善管注意義務違反分のみが認容されました。
退去費用の請求でお悩みの方は、ぜひ最後までお読みください。
裁判所は本件特約について通常損耗補修特約としての成立を否定し、善管注意義務違反分のみを認容しました。退去費用の正しい考え方を判例から学びましょう。

監修者
1982年にサレジオ学院高校を卒業後、中央大学法学部法律学科に進学し1987年に卒業。法曹界を志し、様々な社会経験を経た後、2016年に行政書士試験に合格。2017年4月に「綜合法務事務所君悦」を開業。法律知識と実務経験を活かし、国際業務を中心に寄り添ったサービスを提供している。
日本行政書士会連合会 神奈川県行政書士会所属
登録番号 第17090472号
事件の概要と判決のポイント

- 事案の背景と契約内容
- 争点と当事者の主張
- 退去費用に影響する原状回復の耐用年数

約4年間入居した木造物件の退去時に、通常損耗補修特約の有効性が争われた事例です。
東京地裁は最高裁平成17年12月16日判決の基準を適用し、本件特約について通常損耗補修特約としての成立を否定しました。
事案の背景と契約内容

本件は、木造2階建て共同住宅の一室をめぐる賃貸借契約の紛争です。貸主X(以下「貸主」)と借主Y(以下「借主」)は、平成18年6月1日に月額賃料6万4000円、管理費月額3000円、敷金12万8000円(賃料2か月分)で賃貸借契約を締結しました。
契約書には、退去時に借主が負担すべき事項として「畳表替え・裏返し、障子・ふすまの張替え、ハウスクリーニング等」を記載した特約(以下「本件特約」)が設けられていました。
借主は約4年間にわたって本件建物に居住していましたが、賃料の不払いが発生し、貸主は民法第541条に基づく債務不履行を理由に契約を解除しました。借主は平成22年6月に退去しています。
なお、本件建物は築26年以上が経過した木造建物であり、経年劣化が相当程度進行していた点も重要なポイントです。
ゲン築26年以上の木造物件で4年間入居していたケースですね。建物の経年劣化も相当進んでいたと考えられます。
民法第541条:当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる。ただし、その期間を経過した時における債務の不履行がその契約及び取引上の社会通念に照らして軽微であるときは、この限りでない。
争点と当事者の主張


本件の最大の争点は、契約書に記載された「畳表替え・ふすま張替え・ハウスクリーニング等」の特約が、通常損耗補修特約として有効に成立しているかどうかという点でした。
貸主は、契約書に畳表替え・ふすま張替え・ハウスクリーニング等の借主負担を明記しており、通常損耗を含む原状回復費用全額を借主が負担すべきであると主張し、未払賃料および退去後の使用損害金の支払いも求めました。
一方借主は、通常損耗の原状回復費用を負担する明確な合意はしておらず、善管注意義務に違反した損傷もないとして、敷金12万8000円の全額返還を求める反訴を提起しました。
本件では通常損耗補修特約の成否が最大の争点であり、裁判所は最高裁平成17年12月16日判決の基準を適用して厳格に判断を下しています。



契約書に書いてあるから当然有効…とは限らないのが通常損耗補修特約の難しいところです。
民法第621条:賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に回復する義務を負う。
退去費用に影響する原状回復の耐用年数



クロス・カーペット・クッションフロア等の耐用年数は6年です。要は入居期間が6年以上であれば、原状回復費用は発生しない(0円)ということになります。
原状回復費用の算定にあたっては、国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」に示された耐用年数が重要な指標となります。民法第621条では、通常の使用による損耗や経年変化については借主に原状回復義務がないことが明確にされています。
本件の物件は築26年以上が経過しており、多くの部材が耐用年数を超過していたと考えられます。耐用年数を超えた設備の残存価値は1円とされるため、仮に特約が有効であっても請求できる金額は大幅に制限されます。



耐用年数を超えた設備の残存価値は1円です。4年間の入居でも築26年以上の物件なら、多くの部材が耐用年数を超過していますね。
民法第1条第2項:権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。
判決から学ぶ退去時のポイント


- 判決の結論と理由
- この判例が示す重要な教訓
- 退去費用でトラブルになったら


判決の法的根拠と類似判例を理解すれば、退去費用の不当な請求に冷静に対処できます。
ここでは判決の結論とその理由、重要な教訓、そして実際に退去費用でトラブルになったときの具体的な対処法を解説します。
判決の結論と理由


東京地裁は、本件特約について通常損耗補修特約としての成立を否定し、通常損耗に関する原状回復費用の請求を棄却しました。
裁判所は判断の根拠として、最高裁平成17年12月16日判決を引用しました。同判決は、通常損耗について借主に原状回復義務を負わせるには、借主にとって予期しない特別の負担を課すことになるため、特約の成立には厳格な要件が必要であると判示しています。
通常損耗について借主に原状回復義務を負わせるには、賃貸借契約書に具体的な明記がされていること、借主が義務の内容を明確に認識・合意していること、費用負担の具体的な範囲や金額が明らかにされていることが必要です。
本件では、契約書に「畳表替え・裏返し、障子・ふすまの張替え、ハウスクリーニング等」と記載されていたものの、具体的な費用負担の範囲や金額が明確に定められておらず、借主が通常損耗の修繕費用を負担することを十分に認識し合意したとは認められないと判断されました。





ペットなどによる損傷は善管注意義務違反とされ、借主の費用負担が認められています。通常の使用とは区別されることを覚えておきましょう。
民法第400条:債権の目的が特定物の引渡しであるときは、債務者は、その引渡しをするまで、契約その他の債権の発生原因及び取引上の社会通念に照らして定まる善良な管理者の注意をもって、その物を保存しなければならない。
この判例が示す重要な教訓


この判例は、退去時の費用負担に関して非常に重要な教訓を示しています。「畳・ふすま・クリーニング」程度の記載では通常損耗補修特約は成立せず、契約書の一般的な文言だけでは借主に通常損耗の費用を負担させる根拠にはなりません。
民法第621条は、通常の使用および収益によって生じた賃借物の損耗ならびに経年変化については、借主に原状回復義務がないことを定めています。また、民法第1条第2項の信義則に照らしても、借主に予期しない負担を課す特約の成立には慎重な判断が求められます。
民法第622条の2第1項は敷金について定めており、貸主は賃貸借が終了し賃借物の返還を受けたときに、敷金から賃借人の債務額を控除した残額を返還しなければなりません。本件では、善管注意義務違反分を控除した上で、残額の返還が認められています。
民法第601条に基づく賃貸借契約において、通常損耗は賃料に含まれて回収されるものであり、別途借主に負担させるには明確な特約が必要です。この原則を理解しておくことが、退去費用トラブルを防ぐ鍵となります。



退去時に「契約書に書いてある」と言われても、それだけで支払う必要はありません。特約の有効性をしっかり確認しましょう!
民法第622条の2第1項:賃貸人は、敷金(いかなる名目によるかを問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭をいう。)を受け取っている場合において、賃貸借が終了し、かつ、賃貸物の返還を受けたときは、賃借人に対し、その受け取った敷金の額から賃貸借に基づいて生じた賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務の額を控除した残額を返還しなければならない。
退去費用でトラブルになったら


退去費用の請求に納得がいかない場合や、通常損耗補修特約の有効性に疑問がある場合は、一人で悩まず専門家に相談することが大切です。
まずは管理会社に「通常損耗に該当する項目の根拠を示してほしい」と書面で伝えることが第一歩です。契約書の特約の文言と、最高裁平成17年12月16日判決の基準を照らし合わせて確認しましょう。
善管注意義務違反に該当する損傷(ペットによる傷・タバコのヤニ汚れなど)については借主の負担が認められますが、通常の使用による損耗とは明確に区別されます。国土交通省のガイドラインも費用負担の判断基準として活用できます。


不当に支払わされた費用は民法第703条の不当利得として返還を求めることができるため、泣き寝入りする必要はありません。交渉で解決しない場合は消費者センターへの無料相談や、60万円以下であれば少額訴訟の利用を検討しましょう。



まずは契約書の内容を専門家にチェックしてもらうことをおすすめします。無料相談を活用しましょう!
民法第703条:法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う。
よくある質問
まとめ
この判決は、契約書に通常損耗の原状回復を借主負担とする文言があっても、具体的な明記と借主の明確な合意がなければ特約は成立しないことを示した重要な先例です。
退去時に通常損耗の費用を請求された場合は、まず契約書の特約内容と最高裁判決の基準を確認することが大切です。
この記事のポイントを振り返ります。
- 契約書に「畳表替え・ハウスクリーニング等」と記載するだけでは通常損耗補修特約は成立しない
- 通常損耗補修特約の成立には借主への具体的な説明と明確な合意が必要
- 善管注意義務違反と通常損耗は明確に区別して判断される
- 築年数の古い物件では耐用年数超過により残存価値が1円に近づく
- 退去費用に納得がいかない場合は消費者センターへの相談や少額訴訟が有効


- 敷金ドットコムは、情報提供を目的としたサイトです。行政書士が記事の監修および執筆を行っておりますが、根本的な問題やトラブルの解決を目的としたものではありません。トラブルの解決については、弁護士または認定司法書士にご相談ください。











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