
ハウスクリーニング特約が有効と判断され借主の返還請求が棄却された判例を解説
退去時のハウスクリーニング費用について、契約書に具体的な金額が明記され、借主がその内容を認識して合意していれば、ハウスクリーニング特約は有効と判断されます。
本記事では、東京地裁令和3年11月1日判決(RETIO No.128-156)を詳しく解説します。この判例では、転借人がハウスクリーニング特約の無効を主張したものの、裁判所は特約を有効と認め、敷金からの控除を適法と判断しました。さらに、貸主にはクリーニング実施状況を借主に報告する義務はないとの判断も示されています。
ハウスクリーニング特約が有効になる条件と無効になる条件の具体的な違いを知りたい方は、ぜひ最後までお読みください。退去費用の交渉にも役立つ重要な内容です。

- 東京地裁令和3年11月1日判決の事案の概要と判決内容
- ハウスクリーニング特約が有効と認められるための条件
- 貸主のクリーニング実施報告義務の有無
- 特約の有効・無効を見分けるためのチェックポイント
事件の概要と判決のポイント
まずは、この裁判がどのような経緯で起こり、何が争点になったのかを確認しましょう。
事案の背景と契約内容

本件は、転借人X(個人)が転貸人Y(宅建業者)に対し、ハウスクリーニング特約の無効を主張して敷金の返還を求めた事案です。
平成28年6月、Xは専有面積81㎡の賃貸マンションについてYとの間で転貸借契約を締結し、敷金25万円を預け入れました。契約書には、退去時にXがハウスクリーニング費用として8万9100円(税別)を負担する旨の特約が明記されていました。
Xは約4年間入居した後、令和2年6月に本件転貸借契約を終了して退去しました。Yは令和2年11月、敷金25万円からハウスクリーニング費用および畳の原状回復費用を合わせた約10万円を控除し、残額の15万円をXに返還しました。しかしXはこの控除に不満を持ち、控除された10万円の返還と遅延損害金の支払いを求めて訴訟を提起しました。

なお、転貸人Yは宅建業者であり、契約時に重要事項説明書によりハウスクリーニング費用の負担について詳細な説明を行っていた点も本件の重要な事実です。宅建業者が重要事項説明で特約の内容を説明し、書面に残していることは、借主が特約の内容を認識し合意したことの有力な証拠となります。
争点と当事者の主張
本件の争点は大きく2つです。第一にハウスクリーニング特約の有効性、第二に転貸人Yにはクリーニング実施状況をXに報告する義務があるかという点でした。
転借人Xの主張
ハウスクリーニング特約は、通常損耗の原状回復費用を借主に負担させるものであり、消費者契約法第10条に反し無効である。また、転貸人はハウスクリーニングを実施したかどうかを借主に報告する義務がある。控除された10万円全額の返還を求める。
転貸人Yの主張
ハウスクリーニング特約は契約書に具体的金額を明記しており、転借人は内容を理解した上で合意している。ハウスクリーニング費用は固定額であり高額でもない。クリーニング実施の報告義務は契約上存在しない。

Xは消費者契約法第10条を根拠に特約の無効を主張しましたが、民法第621条の趣旨との関係でどのように判断されるかが注目されました。なお、同様の争点を扱った先例として、令和2年9月23日判決(RETIO123-118)でもハウスクリーニング特約を有効とした判例があります。

退去費用に影響する原状回復の耐用年数
ハウスクリーニング費用は原状回復費用の一部として議論されることがありますが、民法第601条の賃貸借契約における通常損耗の費用負担とは性質が異なります。ハウスクリーニングは建物の管理上の必要性から行われるものであり、入居者の入れ替わり時に清潔な状態を維持するための費用です。
ゲンクロス・カーペット・クッションフロア等の耐用年数は6年です。要は入居期間が6年以上であれば、原状回復費用は発生しない(0円)ということになります。


判決から学ぶ退去時のポイント
ここからは、裁判所がどのような判断を示したのか、そしてこの判例から何を学べるのかを見ていきましょう。
判決の結論と理由
東京地裁は、ハウスクリーニング特約を有効と認め、転借人Xの請求を棄却しました。また、転貸人Yにクリーニング実施状況の報告義務はないとの判断も示しています。
裁判所がハウスクリーニング特約を有効と判断した理由は以下のとおりです。
- ハウスクリーニング費用は固定額(8万9100円+消費税)で契約書に明記されており、金額が明確である
- 本件特約は契約締結時に転借人に説明されており、転借人は特約の内容を十分認識した上で合意している
- ハウスクリーニング費用の金額は81㎡のマンションとして相当な範囲内であり、高額に過ぎるとはいえない
- 賃貸物件の入居者が入れ替わる際にハウスクリーニングを実施することは社会的に合理性がある
消費者契約法第10条については、裁判所は本件特約が消費者の利益を一方的に害するものとはいえないと判断しました。民法第1条第2項の信義則に照らしても、具体的な金額が明示された上で合意されたハウスクリーニング特約は有効であるとの結論に至りました。
報告義務については、民法第622条の2第1項に基づく敷金精算の過程において、クリーニング実施状況を報告する義務を定めた条項は契約書に存在せず、法律上も当然には発生しないと判示されています。裁判所は、クリーニングの実施有無は転貸人の経営判断の範囲内であり、借主に対する報告義務は契約や法律に明文の根拠がない限り認められないとしました。


この判例が示す重要な教訓
この判例は、ハウスクリーニング特約の有効・無効の判断基準について、借主が知っておくべき重要な教訓を示しています。
- 金額が具体的に明記されていること…「ハウスクリーニング費用を借主負担とする」という曖昧な記載ではなく、具体的な金額が契約書に明示されていることが必要です
- 借主が内容を認識し合意していること…契約締結時に重要事項説明等で費用負担について説明され、借主が理解した上で同意していることが求められます
- 金額が相当な範囲内であること…民法第400条の善管注意義務の範囲を超えない合理的な金額であり、物件の広さに比して高額すぎないことが重要です


民法第415条第1項に基づく債務不履行による損害賠償とは異なり、ハウスクリーニング特約は契約時に定めた固定額の負担です。借主としては、契約前にクリーニング費用の金額が契約書に明示されているかを確認し、物件の広さや間取りに対して相場と比較して妥当かどうかを判断することが重要です。もし金額が不明確であったり、相場を大きく超える高額な設定であれば、特約の有効性を争う余地があります。民法第703条の不当利得返還請求は、特約が無効と判断された場合にのみ認められる点も覚えておきましょう。
退去費用でトラブルになったら


ハウスクリーニング特約に疑問を感じたり、敷金から控除された金額に納得がいかない場合は、以下のポイントを確認して対処しましょう。
- 契約書のクリーニング費用を確認する…具体的な金額が明記されているか、口頭での説明のみではないかをチェックしましょう
- 金額の妥当性を検討する…物件の広さに対してクリーニング費用が高額すぎる場合は、減額交渉の余地があります
- 契約時の説明内容を確認する…重要事項説明書にクリーニング費用が記載されていたかを確認しましょう
- 専門家に相談する…特約の有効性に疑問がある場合は、弁護士や消費生活センターへの無料相談を活用しましょう


















