原状回復義務は当然ではないとされた事例
本件は、賃借人が退去時に建物の原状回復義務を負うかどうかが争われた事例です。裁判所は、賃借人が原状回復義務を負うためには、その合理性や必然性が説明され、賃借人がそれを認識している必要があると判断しました。結果として、賃借人の負担すべき補修費用は一部に限定され、敷金の一部返還が認められました。

監修者
サレジオ学院高等学校を昭和57年に卒業後、法曹界への志を抱き、中央大学法学部法律学科へと進学。同大学では法律の専門知識を着実に積み重ね、昭和62年に卒業。
その後、さまざまな社会経験を経て、より専門的な形で法務サービスを提供したいという思いから、平成28年に行政書士試験に挑戦し、合格。この資格取得を機に、平成29年4月、依頼者の皆様に寄り添った丁寧なサービスを提供すべく「綜合法務事務所君悦」を開業いたしました。
長年培った法律の知識と実務経験を活かし、依頼者の皆様の多様なニーズにお応えできるよう、日々研鑽を重ねております。
日本行政書士会連合会 神奈川県行政書士会所属
登録番号 第17090472号
事例の背景
賃借人Xは、平成3年4月10日、賃貸人Yから建物を賃借し、敷金21万6000円を支払いました。
契約書には、退去時に賃貸人の検査を受け、必要に応じて畳や壁などを原状に回復する義務が規定されていました。
平成7年8月31日、Xが退去した際、賃貸人Yは補修費用を36万8490円と算出し、Xに通知しました。
しかし、Xが補修を行わなかったため、Yが代行して補修を実施しました。
その後、Xが敷金の返還を求めたのに対し、Yは補修費用との差額を求めて反訴しました。
裁判所の判断
裁判所は以下の点を判断しました。
賃借人の負担項目
- 壁面の黒い帯
- 床のタバコの焦げ跡
- 畳の凹み
賃貸人の負担項目
- 襖・クロスの張替え及び室内清掃
裁判所は、賃借人Xの責任と認められた損傷として、冷蔵庫背面の排熱を考慮しなかったことによる壁面の黒い帯、過失による床のタバコの焦げ跡、退去時に家具を倒したことによる畳の凹みの3点を挙げ、これらの補修費用を14万9860円と認定しました。
また、賃貸人Yが主張する原状回復義務を認めるためには、その合理性や必然性が説明され、賃借人がそれを認識している必要があると指摘しました。
しかし、本件では契約締結時にそのような説明がなかったため、賃借人が義務を負う意思を持っていたとは認められませんでした。
その結果、賃借人Xの責任と認められた補修費用14万9860円を敷金から控除し、残りの6万6140円の返還を認め、賃貸人Yの反訴請求は棄却されました。
まとめ
本判決から得られる実務的な示唆は以下の通りです。
- 原状回復義務の明示と説明
- 補修費用の算定
- 敷金の取り扱い
賃貸借契約で原状回復義務を課す場合、その合理性や必然性を賃借人に十分に説明する必要があり、説明がないと義務が無効とされる可能性があります。
補修費用は賃借人の責任と認められる損傷に限定され、賃貸人は損傷の原因と費用の合理性を立証しなければなりません。
また、敷金から控除できる費用も賃借人の責任範囲に限定され、賃貸人は控除の根拠を明確に示す必要があります。